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Ⅱ Road of loneliness
誰かの声がする。
でもその声にこみ上げてくるものがある。
真っ暗な闇の中で誰かが私を呼ぶ。
手を伸ばそうとして何かに触れた。
暗闇の中に現れたのは茶髪の馴染みのある安心する姿。
その人物が愛しいものに触れるように私に触る。
温もりが体中に広がる。
暗闇で私自身の意識がはっきりしているわけじゃない。
でもその人物から愛されていることがわかる。
温かい抱擁、落ち着く匂い。
ずっとこのままでいたい。
でもその温もりと匂いが離れていく。
眩しい光が私を包み始めた。
この光は好きじゃない。
でもその光に導かれるようにまぶたを少しずつ開けた。
目の前に広がっているのは見慣れた天井。
無音の中、私の息使いだけが聞こえる。
異様に温かい右手を少し動かすと、誰かに握られていることに気づく。
右を見るとずっと見たかったライメル兄さんが座っていた。
でもその表情は苦しそうだった。
「ライメル兄さん」
呟くような声を兄さんに向けると、やっと気づいたようで目を見開いた。
「カリーナ!?」
ライメル兄さんは私の頬や手を何度か触って力が抜けたように座った。
「よかった。目が覚めたんだ」
ゆっくりと体を起こすとそこは私と兄さんの部屋だった。
なんだかなつかしさを感じる。
でも何か違う。
その違いに私は気づけなかった。
「私、いつから……」
頭を抱えた時、部屋の扉がゆっくりと開いた。
そこにいたのは母だった。
でも様子がおかしい。
起きた私を見てまるで怯えているのだ。
「いつ、目を覚ましたの」
ひきつるような声、それに混じって絶望を感じたのは気のせいじゃない。
母は私を見て明らかに怯えて恐怖に駆られている。
それに動じることなく兄さんは母の手にある飲み物を受け取る。
「今だよ。今、カリーナが目を覚ました」
どうして名前を呼んだのか。
まるで兄さんだけが私を認識しているかのような素振りを見せているのはなぜか。
何もわからないまま、また部屋に兄さんと二人だけになる。
「兄さん、私……」
「いいかい、カリーナ」
言葉をかぶせるように兄さんが私を見つめる。
握った手は強い力が込められている。
「君はひと月眠ったままだったんだ」
「え……」
声を失った。
私がひと月眠っていた?
だって私は。
そこで思い出す。
あの日のことを。
ルカの解雇、女たちの攻撃、テラの求愛。
そしてそれから逃げてきて私は意識を失った。
「店はもう行かなくていいことになっている。だからこれからはここでゆっくり暮らすんだ」
声が出ない。でも反論はあった。
私が働かなければこの家は回らない。
あの父のせいで母は動けない。
だから私が動いていた。
それがなくなることは生活ができなくなる。
それを察したようにライメル兄さんは静かに言った。
「父さんはこの家からいなくなったよ」
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