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【1】 運命の焼肉
なんやったっけなあ、この曲……。
街に流れる懐かしいメロディを口ずさんでみる。
帰宅する人波に逆らいながら、俺はポケットに手を突っ込んだまま、慣れた足つきで歌舞伎町へと向かう。
ハッシー師匠、今日はベストタイミングの呼び出しやな。
同棲中のこはだこと、本名、木下真理子の名古屋の両親が昨日から泊まりに来ていて、俺の居づらさときたらもう……わかるやろ。
こはだは俺より10歳上の40歳。結婚を急く気持ちは俺にだって痛いほどわかる。せやけど……。
そんなつもりで始めた同棲じゃなかった。上京して、大学在学中に同級生だった古澤史成と一緒に漫才芸人を目指して、割と運よくデビューが決まり、順風満帆だったのは3年余り。
ほんの些細な女性スキャンダルで、俺は1年間の謹慎処分をくらった。
あれから……そうか、もう6年にもなるんや。
無収入になった俺を見かねて、先輩芸人だったこはだのマンションに転がり込んで、ひと月、もうひと月、と日数を重ねるうちに、俺とこはだは男女の仲になった。よくある話や。
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