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もう1人の自分
ここは帝都の下町。洗練された西洋建築や洋装の貴婦人達が行き交う都心とは違い木造建築に長屋に麻の着物やモンペを着て暮らす人々ばかりだ。仕事のない者や親をなくして行き場を失った子供達も見える。だけど近所同士の交流は頻繁だ。お金はなくても皆助け合って暮らしている。
長屋に住む19才の少女お千恵もその一人。作務衣にモンペという姿で野菜の入った籠を背負って街へと繰り出す。
お千恵は大家族。父、母、祖母、そして5人の兄弟。父は大工で母は生糸工場で働いている。祖母は病気で兄は出征した。お千恵は小学校を卒業すると上の女学校には進学せず野菜売りを始めた。野菜は朝市場で仕入れた物だ。
「いらっしゃい。新鮮な野菜だよ!!安いよ!!」
人通りの多い場所に行くとお千恵は大声で呼び込みをする。
「千恵ちゃん、やってるね。」
声をかけてきたのは隣の長屋に住むおばさんだった。
「おばさん、こんにちは。」
「こんにちは。人参2本もらえるか?」
「はい、1本2銭だよ。」
千恵はおばさんから4銭受け取ると人参を2本渡す。これがお千恵の日常だ。
だけどその日は違った。いつものように声を張り上げて野菜を売ってる時だった。
「きゃあ!!やめて下さい!!」
どこからか女性の悲鳴が聞こえた。お千恵は声のする方へと足を急がせる。そこは路地裏だった。
お千恵は黄緑色のドレスの令嬢が男2人に壁に押さえつけられてるのを目撃する。
「待ちな!!」
お千恵は男達に向かって叫ぶ。
「何だてめぇは?」
お千恵は籠を置くと大声で叫ぶ。
「わーーー!!!」
すると今度は向かってくる男達に拳を振るう。
相手が男なのに一撃で倒してしまう。
「大丈夫?」
男達が去っていくとお千恵は目の前の令嬢に手を差し伸べる。しかし令嬢は怯えている。
「ドッペルゲンガー!?」
「どっぺる?私の名前はお千恵です。」
「お千恵さん?っってことは人間なのですか?」
「当たり前じゃないですか。」
緊張が解けたのか令嬢は笑い出す。
令嬢の名前は鷹咲清子という。女学校の帰り1人になりたくて街を歩いていたらこの下町の路地裏に来てしまったのだ。
ドッペルゲンガーとは級友が話していた自分とそっくりなもう1人の自分だと教えてくれた。
「その級友の方可笑しいんですの。自分とそっくりなもう1人の自分と出会うと死んでしまうとかおっしゃるのよ。」
「何ですかそれ?面白い方ですね。だって私達こうして生きてるじゃないですか。」
「それに貴女はわたくしを助けてくれた勇敢で優しい方。わたくしを殺そうなんて想像もつきませんわ。」
「当たり前じゃないですか。」
2人の笑い声が路地裏に響き渡る。
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