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それぞれの幸せ
翌日清子は野菜売りの仕事に出る。
「新鮮の取れ立ての野菜だよ!!安いよ!!」
こんなに大声を出したのはいつ以来だろうか?清子の心は解放されたような気分だった。
野菜はお昼頃には全て売れた。
清子は物置小屋に向かうとワンピースに着替える。着ていた作務衣とモンペは籠と一緒に物置小屋の中に置いて出る。
清子が向かったのはとあるお屋敷だった。
「あの、ゆりかさんはいらっしゃいますか?」
「はい、どうぞこちらでお待ち下さい。」
清子は和室に通される。ほどなくして和風の少女がやって来た。
「ゆりか、会いたかったわ。」
「お姉様。」
ゆりかは清子の妹だ。
「お姉様、結婚なさるとお噂で聞きました。おめでとうございます。」
「ありがとう。今日はその報告に来たのよ。そして結婚すれば貴女にはもう会えなくなってしまうから。」
「でもお姉様、お相手の方あまりいい噂は耳にしませんわ。」
「心配してくれるのね。優しい方。でも大丈夫。あの方のことは少し調べたわ。正彦様もわたくしと似たような境遇の方。あの方のお気持ちは分かるような気がするわ。」
清子の表情が暗くなる。
「お姉様。もしかしてまだ昔のこと」
「ありがとうゆりか。わたくしはもう大丈夫。ねえ、また来てもいいかしら?」
「勿論ですわ。お姉様。」
清子がお千恵として野菜を売ったり、ゆりかと過ごしている一方お千恵も清子として充実な日々を送っていた。
その日は正彦と一緒にオペラを観に行った。観劇前に銀座に喫茶店に立ち寄った。女給が洋装のはいからなお店だ。
ピンクの丸襟ブラウスに黒いジャンパースカートの少女がメニューを持ってくる。
「貴女、清子様?!」
少女がお千恵に気付く。
「あらどなただったかしら?」
「教室が違うから無理もないですね。私は5年梅組の侑紀花です。」
梅組は清子がいる桜組とは離れていてほとんど関わることはない。
「よく中庭でお見かけします。絹のドレスで本を読んでいるところを。」
清子は学校でははいからな華族令嬢として有名になっているのだ。
「あの、そちらのブラウス素敵ね。」
お千恵はとっさに花に話題を振る。
「ありがとうございます。こちらはマダムリーズの店で作ってもらったのです。」
マダムリーズの店とは清子も贔屓にしている店だ。
花も彼女のファンなのか?
「マダムリーズの?!わたくしも好きですわ。」
「清子様、宜しければ今度お昼ご一緒しても宜しいですか?マダムリーズのお店のお話しましょう。」
「ええ、でも最近あまり行ってなくて。新作等ありましたら教えてくださるかしら?」
「勿論です。」
華やかなドレスに高級なお屋敷、美青年の婚約者、そして自分を慕ってくれる友達。望む者全てがそこにある清子をお千恵は羨ましく感じた。
瞬く間に一週間が過ぎた。清子とお千恵は下町の物置小屋で落ち合うことにした。
「ありがとう。お姉様。これで思い残すことなく正彦様に嫁げるわ。」
「ねえ、清子。私やっぱりこのままがいい。」
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