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目撃
「み、だい……?」
「三代千草です」
清涼飲料水を思わせる涼やかな声がオフィスに響いた。
資料を渡す相手の名前が出てことなくて俺は焦った。
隣のデスクの竹田さんが作業中の手を止めこちらを一瞥。
「卯槌くん。三代さんが入社して一年だよ。飲み会でも自己紹介してくれたのに覚えてないのか」
「はあ、すいません」
「職場の人間の名前も覚えられないとはいかがなもんかねぇ」
「はあ」
盛大にため息を吐くと竹田さんはデスクに向き直る。
その大袈裟なため息は必要だったろうか。
オフィス内の他の社員たちの視線が俺に集中する。ため息で俺の失態を察したのだろう。
本当にこの不躾な視線が嫌だ。
竹田さんは俺が何か発言する度に何か一言被せてくる。
俺に落ち度があれば全員に聞こえる声量でミス内容を復唱。正当な理由で攻撃できる機会を狙っている粗探しハンターだ。
それに対して誰も竹田さんを窘めたり俺を庇ったりする人はいない。密かにこの一連を楽しみにしているからだ。楽しみにしているのでこのイビりにも口出しするものはいない。
俺は嫌われていた。
「また卯槌くん?」
「本当に覚えないよね。人の名前覚えるのは礼儀ってか常識でしょ」
「しかもあの三代さんを覚えてないなんて。歳も近いのに」
「だからじゃない? 同世代といっても卯槌くん三代さんより五年先に働いてるのに三代さんの方が優秀でしょ? 自分より年下に越されるのが悔しくて《あえて》自分は君なんて相手にしてないからってスタンスを貫いてるのよ」
「仕事できないクセにプライド高い男って最低よね」
あーはいはいはい。
そりゃそりゃすみませんねー。
全部聞こえてるんだよ。チクショウが。
好き放題言ってるお局たちを無視してキーボードを叩く。
あーほんとこの人たち無神経だな。人の悪口で盛り上がって。あんたらの方が最低だっつの。
「卯槌さん」
「うわっはい?」
デスクの前に三代さんが立っていた。
「先程くれたデータの数値間違ってます。こちらで直しとくので資料データのコピーこちらに転送してください」
「ああはい、どうも……すみません……」
「いえ」
以後気をつけてください。
ぴしゃり。
年下の千草の冷えきった声。
勝敗のゴング代わりにお昼休憩のチャイムがタイミングよく鳴った。
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