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最終日
「行ってきます」
一足の靴はシンメトリー、ふたつでひとつ、ワンセット。
そんな当たり前すぎることがなんとなく気になってしまうのは、たぶん今日という日のせいだろう。
目が醒めれば日付は変わっていて、ダイニングには朝食が用意されていて、学校に行けば勉強ができて、下校時は昼より涼しくて、夕焼けは鮮やかなオレンジで、風呂は気持ちがよくて、眠るとまた朝が来て。こんな当たり前が続かなかったことは、少なくとも物心ついてからの俺の人生では一度もない。
当たり前、ルーティン、日常……そうだ、日常がしっくりくる。ルーティンは作業的でなにか違う気がする、とひとり納得して満足する。
そんな日常のひとつが今日で終わるらしい。らしい、というのは如何せん終わった日常など知らないから、はっきりとしたことを言えないだけだ。
玄関でつがいの靴を履き、紐を結ぶ。リビングから「いってらっしゃい」と母の声が聞こえた。いつもと変わらない、飄々とした声。
ドアを開けると陽光が眩しい。
目を細めて視界がはっきりする頃、今日もそこには例に漏れず日常がいる。
「おはよ、悠(ゆう)世(せい)」
「おはよう、未來(みらい)」
平日八時の日次イベント。狂うことのない正確な時間割。未來はたとえこの日でも確実に時間割をこなす。わかりきっていたことだし、例外などあるはずがない。それが俺と未來の距離感だろう。
例外と言えば服装と髪型くらいだろうか。夏には半袖で白い制服姿になるし、秋には紺色のブレザーを着る。冬はさらにコートを羽織って首にマフラーを巻く。髪形は最近おかっぱのようなボブにしたようで、久しく見るショートスタイルに多少驚いた。例外と言えば本当にそれくらいのものだ。
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