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あいさつという名の儀式を終えると、僕たちは並んで学校までの道程を歩き出す。
たいして長くない道程。20分程度のせいぜい2キロ。それでもこの9年間の距離を累積したら往復4キロ、通学が年間約200日だとして800キロ、9年なら7200キロ。フルマラソン150回以上の距離を俺たちは歩いてきたらしい。そう考えると途方もなく、二度と歩きたくないとさえ思える。
ああ、周辺の環境も変わると言える。木々や草花の色、蝶やトンボの出現、建物の建築や取り壊し。いろいろ考えたら、もしかしたら変わらないものの方が少ないのかもしれない。
ただ、こと今日までで言えば絶対不変のたしかなものがある。
未來と僕の日常。それだけは、いつも変わらず僕たちの間にあった。
いつもの時間に、いつもの道を、いつもと変わらず肩を並べて歩く。何年も続けてきたこの日常を、いつの間にかそれが世界ということに僕は置き換えていたのかもしれない。誰も自宅の庭の石がなぜそこにあるのかなど気にしない。僕がいて未來がいる。または未來がいて、僕がいる。僕たちにとって9年間の世界とは、そういうことだ。
「なんか感慨深いね、卒業だって。ソツギョウ」
未來がいたずらっぽくカタコトで言って笑った。
おどけた様子は不安なとき。9年、一緒にいる。そんな些細なことに気付かないほど僕も他人の心に疎くはない。未來は未來なりに、絶対不変が終わることをどこかで覚悟している。そんな心の動揺を垣間見た瞬間だった。
「別に、誰だって3年高校に通ったら卒業するだろ」
「留年する人だっているんじゃない?」
「僕たちは留年しない。卒業するんだ」
僕もまた、覚悟を暗に伝えるように改めて『卒業』と口にした。「そうだねぇ」なんて納得した素振りの未來の目は、いつもよりとろりとしていた。
喉の渇きが早い。家から持って来たチルドカップコーヒーを飲む。すぐに未來が「ちょーだい」と言って僕から奪い取る。遠慮なく3分の1くらいあっさり飲まれる。
今日、僕たちは卒業する。たぶんきっと、お互いから。
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