最終日

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 卒業式、東北の地ではこの時期でも体育館にジェットヒーターの音が響く。誰も口を開いていないこの空間で目を閉じると、よりその豪快な音が際立つ。集中すればするほど、不思議なことにその音はさも自然音と言うべき音となり、煩いとは思わなかった。  校長が祝辞を述べる。突然の声に驚いて目を開けると、ベートーヴェンみたいな髪の毛を頭に生やした校長が壇上に立っていた。  マイクを通したその声はジェットヒーターのそれより確かな音の塊となって耳に届くのに、心には正直届かない。僕だけじゃない、誰の顔を見てもそうだ。真面目に聞いている者もいるにはいるが、この期に及んで堂々居眠りする者もいる。よほど特異な人間でもない限り、5分後には忘れてる。そんなものだ。  未來の姓は藍野だから、浜岡の僕よりだいぶ前の位置に並んでいる。たまたま僕が端側にいるから、彼女の横顔、視線の先が良く見て取れる。彼女は明日の僕たちのことなど杞憂だと言うように、ただ真っすぐ前だけを見ていた。  校長の話は上の空。僕は再び目を閉じて9年間の軌跡を思い起こす。  好奇心旺盛な未來にとって、僕はよっぽど特殊な人間に見えたのだろう。子供の頃から周囲より澄ましていたような僕の態度は、きっと彼女にとっては大人びていて、他の誰にも似ないその行動や仕草、言動に安心感を覚えていたのだと思う。どちらかと言えば、僕が彼女を制止する兄的な役割をしていたようにも思う。過去、兄を亡くしたという彼女にとって自然と拠り所になっていたのかもしれない。  それがわかっていたからこそ、僕もまた彼女の自由勝手な振る舞いにどこまでも付き合った。そうしているうちに、気付けば僕たちは学校という完全に共通する出来事の中においてだけは、お互いに何もかもを許し合えた。
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