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かえりみち
朝の登校、帰りの下校。あたしたちの世界はあの日から始まった。
大好きなお兄ちゃんを失って、お母さんがおかしくなって、おばあちゃんとおじいちゃんがいるこの街に来て。私はひとりぼっちだった。
お兄ちゃんがいないのに、世界は私もお兄ちゃんも置き去りにして、関係ないなんて顔して当たり前に過ぎていく。それがとても恐ろしかった。
世界なんて生きてても意味なんかない。低いところへ流れる水みたいに無抵抗に生きていたけど、私の心は日々間違いなく消耗していった。もう限界だって思ったとき、あの家の前で――彼の家の前で足が止まった。
そこまでが偶然。それからは必然。
卒業式が終わって、みんなで教室に戻って……担任の湯川先生が最期の言葉的なのを、馬鹿みたいに熱を込めてあたしたちに届けようと必死だ。でもその熱血漢満載の言葉も、みんなのすすり泣く声も、あたしの耳の奥にはちっとも留まらないでするりと流れ落ちていく。そんなあたしにとって大事じゃないものを拾い上げることより、彼を目で追うことの方がいまはよっぽど大事なんだ。
あと少しだけ許された時間。
たった一滴のわずかな時間さえ、零したくなんてない。
旅立つあたしの気持ちだけが取り残されているわけじゃないってことは朝の会話から十分わかった。9年間の最期の日というのは、たとえあたしたちと言えどやっぱり特別な一日で、他の何にも代えられない9年間だったことを、あの朝が証明している。
途方もない時間はあたしたちから女と男という隔たりを間違いなくゆっくりと崩していって、これまでこうして心地の良い場所を作りあげた。
「楽しみか」なんて言葉、あたしたちには似合わない、そう思う。
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