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痛いっと引いた手が、柔らかい日差しに滲んだ水色のシャツの胸に沈んだ。
胸ポケットからトローチがはみ出した。
指先に小さく赤いかさぶたが見えた。
頭に刺激が走り、思わず妹の手を覆いそうになる自分を抑えて
肩に力を入れたが、伸びてしまった手は指先に触れていた。
兄は言葉がでなかった。
感情の奥で何かが揺らめき始めていた。
妹は怪訝な顔をみせて、少し頷いた。
テーブルの下の出来事を何も知らないマスターが
ほらっ、と新しいレモンを持ってきた。
丸ごとレモンにストローがさしてあった。
兄は顔を明るくすると
そうそう丁度ちゅうちゅうしたかったんですよ、とのって
ストローに口を近づけて
「・・・ちゃうやろ、4本やろ、ストロー。こうやってひっくり返せば、レモン君立つし」
兄の切り返しに、お前サイコーと
腰をかがめ兄の両肩を握って
コクコク頷きながら兄の目を真剣にみている。
「・・・こんなんことばっかりやってるから、経営苦しくなるんですよ」
「そうやな、お前手伝ってくれていつも助かってるから、これおまけな」
と、玉ねぎのリングを兄の鼻にくっつけた。
「えっつ、何、つんとくる、玉ねぎじゃん」
私は声を出して笑ってしまっていた。
仲のいい後輩とこの店に通う理由が、私のファンの娘さんがいることだけではないことが改めて分かった。
まだ時間の余裕があったので二人は雑誌をめくっていた。
・・・人差し指ちょっとケガしてたな。
思う、自分に流れている血は妹の血だ。
高校生だった彼女が私のためにくれた血だ。
処置室に横たわった彼女をガラス越しに見ている自分の姿が俯瞰(ふかん)で浮かぶ。
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