英雄様はモブにとって残酷な存在です。

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 ゼフィアが目を覚まし、初めに視界に入ったのは天井だった。 (確かに森で馬車ごと転倒して、それでハリー様が)  記憶の最後は、指一つ動かせないほどの痛みの中、消えて行くハリーの背中だった。 「ハリー様!」 「起きたか!」  体を起こすと、すぐにハリーが姿を見せる。 「ものすごい心配したぞ。ずっと起きなかったから」  ベッドの脇に立ち、彼は安堵の笑みを見せた。 「あの、ここは?森の中にいたはずですよね?」 「ああ、森から王都に戻ってきたんだ。二日も起きなかったから心配した」 「二日も?!」  一日でもありえないのに、二日も寝ていたと聞かされ、ゼフィアは驚く。 「まあ、結構重症だったからな。でも治ってるみたいでよかった」 「私、怪我してたんですか?」  確かに体のあちらこちらが痛み、動けなかったはずだった。  今は嘘のように体が軽かった。  しかも水荒れしていたカサついた手までが綺麗になっていて、ゼフィアは戸惑いの中にいた。 「えっとな。回復薬を持っていたから、それを使ったんだ」 「回復薬?」  見たことはなかったが、そういう薬があることは聞いたことがあった。 「ここまで効果があるのですね。すごいです。ハリー様は大丈夫でしょうか?あと、あの魔物がいたようなのですが?」 「心配ねぇよ。俺は元気だし、魔物も倒した」 「お強いんですね」 「ああ、今の俺はきっと英雄オリバー様より強いぞ」 「オリバー様……」  軽口を叩かれたのはわかっていたが、その名前を聞くと胸がちくっと痛む。 「えっと、悪かったな。まあ、俺は強いんだ。心配するな。それより腹へってないか?」 「あ」  答えようとするよりも先に体が正直に答える。  ぐうっと大きな音がなり、ゼフィアはお腹を抑えて顔を伏せた。 「いきなりがっつり食えねーだろうから、スープでも持ってくる。待ってな」 「あ、ありがとうございます」  何から何まで世話になって申し訳ないと思いつつ、ゼフィアはお礼を述べる。壊れた馬車から救い出してくれたこと、魔物を倒してくれたこと、そしてこうして自分の世話をしてくれること。  どれも必ず恩を返そうと彼女は心に決める。   (だけど、どうやって返せば。お金はないし……)  ゼフィアにあるのはこの身だけだ。  あとは、オリバーに預けたお守り。  あれは既にオリバーに渡したものだが、呪いを解いて、魔王を倒し、その上王女と結婚した身には必要ないだろう。 (返してもらおう。あれをそのまま渡したらきっと嫌がられるから、お金に変えて)  お守りの石は青色の美しい石だった。   (値打ちがあるはず。きっと。オリバー様からお守りを返してもらって、ハリー様に恩を返そう)  ゼフィアはそう決心し、ハリーにオリバーと会う方法を聞くことにした。 ☆ 「おいしいか?」 「はい」  ハリーが持ってきてくれたスープは具沢山であったが、どれも柔らかく煮込まれていて、ゼフィアの弱った胃にはちょうどよかった。  全部を食べきって、お椀を彼に返す。  それを持って部屋を出ようとする彼を彼女を呼び止めた。 「あの、ハリー様。ここはもしかしてハリー様のご自宅ですか?」 「え、ああ。すまん。いきなり連れてきて悪かったな」 「いえ、そんなこと。ご迷惑ばかりかけて申し訳ありません!」  ベッドの上であるが、ゼフィアは頭を下げて謝罪する。 「謝るなよ。俺が好きで連れてきてるんだから。えっと、好きでっていうのは」 「ハリー様。ご安心ください。ハリー様が私に同情してくださり、色々世話をしてくださっていることは理解しております」  ゼフィアは二度と人の好意を誤解するつもりはなかった。  だから自分に言い聞かせる意味もあって、ハリーの言葉を遮って口にした。 「ゼフィア。ああ、だからなあ」 「あの、ハリー様。回復薬のおかげでもう大丈夫そうです。お片付けは私がしてもいいですか?」 「あ?駄目だ。あんたはもっとゆっくり休んでろ」 「大丈夫ですから」    ゼフィアがそう言ってベッドから立ち上がろうとしたが、足が思うように動かず転びそうになった。それをハリーが支え、苦笑する。 「二日も寝ていたんだ。すぐに動くのは無理だ。ゆっくり休んでろ」 「すみません」  片付けくらいならできそうと思ったのが、それも今の自分には無理で、ゼフィアは落ち込むしかなかった。   「だから、謝るな。そうだな。明日、明日は手伝ってくれよ。飯なんか作ってくれると嬉しい」 「もちろんです。料理は家でも私が担当してましたから」  ゼフィアは自分でもできることを提案されて、やっと安心した。 「楽しみだな。今日はゆっくり休んでな。明日は期待しているから」 「はい」  ハリーはぽんぽんとゼフィアの頭を撫でる。そしてお椀を片付けてくると部屋を出ていった。 「……忘れていたわ」  扉が閉まってからゼフィアは気がつく。 「オリバー様のことを聞かなきゃ」  そう決めていたはずなのに、気がつけば違うことを話していた。しかも明日は料理を作る約束をしている。 (明日、聞こう。今日まではお言葉に甘えて休ませてもらおう。明日オリバー様から返してもらって、お金に変えて、それから……)  王都に来た目的はお守りを返してもらうことだった。  それを果たせば、ゼフィアは村に戻るしかない。  そうなのだけど、彼女はそれが少し寂しいと思えるようになっていた。    
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