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一
虫たちはみんな、飢えていた。
クヌギ林には、樹液の出る木が三本ある。そのうちの二本が、見知らぬ大きなクワガタたちに奪われた。それから、三日が経っている。カブトムシやクワガタは、自分たちの木を取り戻すため、何度も闘いを挑んだが、そのたびに返り討ちに遭っていた。
大きなクワガタたちに木を奪われるまで、虫たちは三本の木に分かれ樹液を吸い、争うことはなかった。しかし、一本の木ではみんなが樹液を吸うことはできず、一本の木をめぐって、争いが起きるようになった。
カナブンのブンタとカナコは、昼に樹液を吸い、夜になると木の根もとで眠る。
昼間に樹液を吸う虫は、カナブンのほかに、オオスズメバチ、ヨツボシケシキスイ、オオムラサキなどがいる。強いオオスズメバチに追い出され、ブンタたちは、あまり樹液を吸えなくなっていた。
大きなクワガタたちがいない隙に、樹液を吸いに行く虫もいたが、帰ってこないことがほとんどだった。樹液を吸えなくなった虫たちは次々と倒れ、残った虫たちの仲も、すっかり悪くなってしまった。
二本の木が奪われてから、四日が経った。
ブンタとカナコは、クヌギ林でいちばん長生きしているオオクワガタのゲンさんのところへ行った。
「あいつらは、外国から来たクワガタじゃよ」
疲れた表情で、ゲンさんが言った。
ブンタたちが生まれるずっと前、ゲンさんは、このクヌギ林で誰も勝てないほど強かったと、ほかの虫たちから聞いたことがある。
体が大きく、立派な大あごもあるが、いまはもう歳をとって、歩くのも遅いし、飛ぶこともできないようだ。
「外国のクワガタが、なんでこんなところにいるの?」
カナコが、ゲンさんに聞いた。
「人間が、持ちこんでくるんじゃよ。そして、外に逃がしてしまう。あいつらは力が強く、体も大きい。わしらでは、とても勝ち目はないな」
「みんなで仲良く、樹液を分け合うことはできないのかしら?」
「カナコはやさしいのう。しかし、すべての虫が、そう思っているわけではない。生きるために、闘うことも必要じゃ。わしも、若いころは闘った。もう、ヨボヨボの爺さんじゃがな」
言って、ゲンさんは眠ってしまった。四日の間、まったく樹液を吸っていないので、すっかり弱っていた。ゲンさんはいま、一日じゅう木の割れ目で過ごしている。
「みんなが、喧嘩しないで仲良く暮らせればいいのに」
夕方になって木の根もとに戻ると、カナコが言った。
「あいつらが先に攻撃してきたんだ。仲良くなんか、なれっこないよ」
「話し合いで、解決できないのかしら」
「ゲンさんも言ってただろ。生きるために、闘うことも必要だって」
「でも、それだと結局は、強い虫だけが生き残ることになるわ。それって、悲しいわよ」
「樹液の出る木が、もっとたくさんあればいいんだけどな」
言って、ブンタは眠った。
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