5人が本棚に入れています
本棚に追加
二
夜中に、ふとブンタは目を覚ました。
隣りで寝ているはずの、カナコの姿がない。
胸騒ぎがした。
もしかしてカナコは、あのクワガタたちのところへ、話し合いに行ったのかもしれない。
ブンタは急いで、大きなクワガタたちがいる木にむかって飛び立った。足の速さと、飛ぶことにかけては、ブンタはカブトムシやクワガタにも負けない自信があった。
木が見えてきた。三匹の大きなクワガタが、樹液を吸っている。
カナコが、木の根もとに倒れていた。
着地して、ブンタはカナコのそばへ駈け寄った。
「大丈夫か、カナコ」
大あごに挟まれ、カナコは体からたくさんの血を流していた。
「ここの樹液は、俺たちのものだ。さっさと消えないと、おまえも痛い目に遭わせるぞ」
木の上から、大きなクワガタの一匹が言った。大あごに、カナコの血がついている。恐ろしくなって、ブンタの体はブルブルとふるえた。
「わたしは、話し合いに来ただけなの。それなのに」
涙を流しながら、カナコが苦しそうに言った。
とにかく、カナコを連れて帰らなくては。ブンタは、ふるえる自分に言い聞かせた。しかし、カナコを背負って飛ぶことはできない。仕方なく、ブンタはカナコの体を引きずって帰ることにした。
「がんばれ、カナコ。あと少しで、木の根もとに着くぞ」
時おり、ブンタはカナコに声をかけた。少しでも、カナコの痛みを紛らわせたかった。
カナコの体を引きずりながら、ブンタは考えた。やはり、強くなくては生きていけない。闘って、勝つしかない。ブンタの心には、怒りが燃えていた。
ようやく、いつも寝ている木の根もとが見えてきた。しかし、ブンタは疲れ果て、これ以上カナコを運ぶことはできそうになかった。
困っていると、カブトムシのカブさんがやってきた。
「どうした、おまえたち。もしかして、あいつらのいる木に、近づいたのか?」
「カナコが、あのクワガタたちのところへ、話し合いに行ったんです。そうしたら」
「話し合いで、どうにかなるものか。まあいい。カナコを運ぶぞ」
カナコを軽々と持ちあげ、カブさんが木の根もとまで運んでくれた。僕も、カブさんのように力が強ければ。カブさんの後ろ姿を見て、ブンタは思った。
カナコを寝かせ、落ち葉をかぶせた。声をかけてもわからないようで、カナコはただ苦しんでいる。
「いいか。もう、あいつらがいる木に、近づくんじゃないぞ」
「待ってください、カブさん」
飛び立とうとしたカブさんに、ブンタは声をかけた。
「僕と一緒に、あのクワガタたちと、闘ってください」
「なにを言っている。俺たちだって、勝てなかったんだ。カナブンのおまえじゃ、すぐにやられちまうぞ」
「カナコがこんなにされて、くやしいんです。それに、闘って勝てば、またみんなで樹液を吸えます。お願いです。力を、貸してください」
やれやれ、といった表情で、カブさんが翅をたたんだ。
「本気なんだろうな、ブンタ?」
「はい。たとえ負けたとしても、僕は闘いたいんです」
「わかったよ。俺も、たくさんの仲間が、あいつらにやられている。かたきを、討たないとな」
言って、カブさんがほほえんだ。
「ありがとうございます、カブさん」
「礼を言うのはまだ早いぞ、ブンタ。俺たちだけじゃ、駄目だ。一緒に闘ってくれる、仲間を集めよう」
「はい」
二匹で、樹液に集まる虫たちのところへ行った。
「やめとけよ、あいつらに勝てるわけがない」
ミヤマクワガタのヤマさんと、コクワガタのロクさんは、相手にしてくれなかった。
「カブがやるってんなら、俺はやるぜ」
ノコギリクワガタのジンさんと、ヒラタクワガタのゴウさんは、力を貸してくれることになった。カブさんとジンさんは、ライバルだ。
その後、作戦を立てるため、みんなでゲンさんのところへ行った。
「そうか、カナコがのう。よし、わしも一緒に闘うぞ」
「いくらなんでも、それは無理だ、ゲンさん」
「聞いてくれ、カブよ。わしはおまえが生まれるずっと前から、このクヌギ林で、たくさんの虫たちが生まれて、死んでいくのを見てきた。わしが倒した虫も、たくさんいる。もう闘うまいと思っておったが、ブンタまで闘おうというのじゃ。おめおめ、見ているわけにはいかん。それでも、わしに反対するというのか?」
ゲンさんが、みんなを見回した。誰も、なにも言わなかった。
「決まりじゃな。久々に、この年寄りの血が燃えてきたわい。夜明けに、奇襲をかける。よいか、やつらは大きくて力が強い。必ず、二匹がひと組になって闘うのじゃ。カブはブンタ、ジンはゴウと組め。わしは、後ろからおまえたちに指示を出す」
「よし、ゲンさんの作戦に従おう」
それから、みんなで樹液を吸いに行った。
もしかしたら、これが最後かもしれない。みんな、黙々と樹液を吸った。
最初のコメントを投稿しよう!