青空のブンタ

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     二  夜中に、ふとブンタは目を覚ました。  隣りで寝ているはずの、カナコの姿がない。  胸騒ぎがした。  もしかしてカナコは、あのクワガタたちのところへ、話し合いに行ったのかもしれない。  ブンタは急いで、大きなクワガタたちがいる木にむかって飛び立った。足の速さと、飛ぶことにかけては、ブンタはカブトムシやクワガタにも負けない自信があった。  木が見えてきた。三匹の大きなクワガタが、樹液を吸っている。  カナコが、木の根もとに倒れていた。  着地して、ブンタはカナコのそばへ駈け寄った。 「大丈夫か、カナコ」 大あごに挟まれ、カナコは体からたくさんの血を流していた。 「ここの樹液は、俺たちのものだ。さっさと消えないと、おまえも痛い目に遭わせるぞ」  木の上から、大きなクワガタの一匹が言った。大あごに、カナコの血がついている。恐ろしくなって、ブンタの体はブルブルとふるえた。 「わたしは、話し合いに来ただけなの。それなのに」  涙を流しながら、カナコが苦しそうに言った。  とにかく、カナコを連れて帰らなくては。ブンタは、ふるえる自分に言い聞かせた。しかし、カナコを背負って飛ぶことはできない。仕方なく、ブンタはカナコの体を引きずって帰ることにした。 「がんばれ、カナコ。あと少しで、木の根もとに着くぞ」  時おり、ブンタはカナコに声をかけた。少しでも、カナコの痛みを紛らわせたかった。  カナコの体を引きずりながら、ブンタは考えた。やはり、強くなくては生きていけない。闘って、勝つしかない。ブンタの心には、怒りが燃えていた。  ようやく、いつも寝ている木の根もとが見えてきた。しかし、ブンタは疲れ果て、これ以上カナコを運ぶことはできそうになかった。  困っていると、カブトムシのカブさんがやってきた。 「どうした、おまえたち。もしかして、あいつらのいる木に、近づいたのか?」 「カナコが、あのクワガタたちのところへ、話し合いに行ったんです。そうしたら」 「話し合いで、どうにかなるものか。まあいい。カナコを運ぶぞ」  カナコを軽々と持ちあげ、カブさんが木の根もとまで運んでくれた。僕も、カブさんのように力が強ければ。カブさんの後ろ姿を見て、ブンタは思った。  カナコを寝かせ、落ち葉をかぶせた。声をかけてもわからないようで、カナコはただ苦しんでいる。 「いいか。もう、あいつらがいる木に、近づくんじゃないぞ」 「待ってください、カブさん」  飛び立とうとしたカブさんに、ブンタは声をかけた。 「僕と一緒に、あのクワガタたちと、闘ってください」 「なにを言っている。俺たちだって、勝てなかったんだ。カナブンのおまえじゃ、すぐにやられちまうぞ」 「カナコがこんなにされて、くやしいんです。それに、闘って勝てば、またみんなで樹液を吸えます。お願いです。力を、貸してください」  やれやれ、といった表情で、カブさんが(はね)をたたんだ。 「本気なんだろうな、ブンタ?」 「はい。たとえ負けたとしても、僕は闘いたいんです」 「わかったよ。俺も、たくさんの仲間が、あいつらにやられている。かたきを、討たないとな」  言って、カブさんがほほえんだ。 「ありがとうございます、カブさん」 「礼を言うのはまだ早いぞ、ブンタ。俺たちだけじゃ、駄目だ。一緒に闘ってくれる、仲間を集めよう」 「はい」  二匹で、樹液に集まる虫たちのところへ行った。 「やめとけよ、あいつらに勝てるわけがない」  ミヤマクワガタのヤマさんと、コクワガタのロクさんは、相手にしてくれなかった。 「カブがやるってんなら、俺はやるぜ」  ノコギリクワガタのジンさんと、ヒラタクワガタのゴウさんは、力を貸してくれることになった。カブさんとジンさんは、ライバルだ。  その後、作戦を立てるため、みんなでゲンさんのところへ行った。 「そうか、カナコがのう。よし、わしも一緒に闘うぞ」 「いくらなんでも、それは無理だ、ゲンさん」 「聞いてくれ、カブよ。わしはおまえが生まれるずっと前から、このクヌギ林で、たくさんの虫たちが生まれて、死んでいくのを見てきた。わしが倒した虫も、たくさんいる。もう闘うまいと思っておったが、ブンタまで闘おうというのじゃ。おめおめ、見ているわけにはいかん。それでも、わしに反対するというのか?」  ゲンさんが、みんなを見回した。誰も、なにも言わなかった。 「決まりじゃな。久々に、この年寄りの血が燃えてきたわい。夜明けに、奇襲をかける。よいか、やつらは大きくて力が強い。必ず、二匹がひと組になって闘うのじゃ。カブはブンタ、ジンはゴウと組め。わしは、後ろからおまえたちに指示を出す」 「よし、ゲンさんの作戦に従おう」  それから、みんなで樹液を吸いに行った。  もしかしたら、これが最後かもしれない。みんな、黙々と樹液を吸った。
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