4人が本棚に入れています
本棚に追加
真相を突き止めたとき、「僕は殺されても仕方ないやつだったんだ」と納得できるだろうか。そしてそれは果たして僕にとって良いことなのか。納得しないと消滅できない、というのも僕の憶測なので正解かはわからない。もし外れていたら、僕は今、自分にがっかりするためだけに行動していることになる。
知らないままでいたほうが幸せってことはないかな?
いやでも、知って納得しないと無になれないのなら、僕は一生このまま……一生ってなんだよ、もう死んでるのに。
考えながらすいすい移動し、アパートの近くまで来た。新しいとは言えないアパートと、モダンとは言えない一戸建てが並ぶ区域。周辺をぐるりと回ってみたが女はいない。まさかまだ僕の部屋の前にいたりして。2階の玄関前まで行ってみた。
半開きのドア。中から「うわあああ!」と喚く男の声がした。そうだ、友人が来るんだった。今、死体を発見したのだろう。とすると死後即ワープで間違いないな。女はまだ近くに……いや、車などを使って来たならもういないかも。
すぐに女を探さなくてはと思いつつ、友人のことも気になる。僕は玄関の中へ入った。へたり込む茶髪の友人の背中。その奥には仰向けに倒れた僕。お腹に包丁が刺さったままだ。床には少し血液が流れている。
ごめんな、気持ち悪いものを見せてしまって。知り合いの他殺体なんてショックだろう。僕とふたりで宅飲みする予定だったから、他には誰も来ない。ひとりでは余計怖いよな。動揺してるよな。申し訳ない。
第一発見者だから、警察に事情を訊かれるだろうな。待てよ、最悪の場合、彼が犯人と疑われてしまうかも。なんてことだ、最期に迷惑をかけるなんて。僕は彼の後ろ姿に心の中で謝ることしかできない。
彼はフリーターの俊樹、通称トツキ。彼がカタカナのシとツを書き分けられないからだ。地味で冷めた僕とは正反対の、冗談ばかり言うおちゃらけキャラ。いつもアロハシャツにハーパンだ。
僕らが友人だと初めて知る人はみんな驚いて「話、合うの? パシられてない?」と僕を心配したが、パシリをしたことも、金を貸したこともない。誰とでも仲良くなるトツキの、膨大な交友関係の中のひとりが僕。独りが好きな僕の、唯一の飲み友がトツキだった。いつもトツキから連絡が来て、月に2回ほど宅飲みして、その場限りの浅い会話をする。そんな気軽な関係が心地良かった。
ただ僕自身も正直、トツキは僕なんかといて楽しいのか疑問だった。多分、彼は常に誰かと一緒にいたいタイプなのだ。他の友人たちと予定が合わないときに僕と会っていたのだろう。こんな僕でも、いないよりはマシだったというわけだ。
補欠が減ってごめんな、と思いながら、僕は回り込んでトツキの顔を見た。
ボロ泣きしている。
予想外だった。驚愕で強張っているか、汚物を見るようなドン引き顔を想像していた。
「なんで……」
トツキが声を絞り出す。
「アキラぁ……」
僕の名前だ。
トツキは四つん這いになり、死体の肩を掴んで弱々しく揺さぶった。
無反応の死体の胸に、トツキは自分の顔を押し付けて号泣。なんだよ、僕のことそんなに好きだったか? 浅い付き合いだったろ? てか死体にそんなに平気で触れるのかよ。膝、血で汚れるぞ。
急にトツキが何かに気づき、頭を上げて僕の顔を見つめた。死体の顔をだ。やはり僕の意識に実体はないようで、トツキの目の前にいるつもりだが全然こちらに気づく様子はない。
「まだ温かい……」
トツキは心臓マッサージを始めた。よせよせ。もう死んでる。助かる見込みがあると思うならまず救急車を呼べ。
「アキラぁ! 目ぇ覚ませ!」
無理だって。
「俺……もっとお前と……」
え、俺と何?
詳しく聞きたかったが、トツキがそれ以上ひとり言を発することはなかった。マッサージを中断し、死体の首の後ろを支え……うわぁやめろやめろ! 人工呼吸してる! やめて! 無駄だからやめて!
僕のためなのはわかる、こんなに必死にどうにかしようと頑張ってくれるなんて思わなかったよ、ありがとう! でもこんな光景見たくなかった!
心苦しさのせいで余計に長く感じたのかもしれないが、かなりの時間、トツキは僕の蘇生を試みてくれた。本気で心臓マッサージするのはとても体力が要るらしい。限界を迎え、悔しそうに顔を歪めて動きを止めたトツキは汗だくでへとへとだった。そんなになるまで、ありがとうな。ごめんな。
トツキは覆いかぶさるように死体を抱きしめた。まだ泣いている。
あの……、そんなに??
広い交友関係の中の、浅い友人のひとりだろ。お前、知り合った全員とそんなに真剣に向き合ってるの? 疲れない? 現に非常に疲れてるな。
トツキはいつもノリが軽くて、その軽薄な感じがよかった。僕は深入りしようとしてくるお節介なやつが苦手だ。上辺だけの関係というと聞こえは悪いが、距離感が絶妙で、必要以上に興味を持たれないからこそ、僕はトツキにだけ気をゆるしていた。部屋に上げたことがあるのはトツキだけ。なんなら玄関前の棚の陰に隠してあるスペアキーの存在も知られている。この前は僕の爆睡中に入ってきて夜食を作ってくれた。浅い関係といっても、僕のことを詮索しない代わりに自分のことはあけすけに話すから、トツキのことはわりと知っていて信用できた。
「うう……」
泣きすぎて掠れた声で呻きながら、トツキはスマホを取り出し、震える指で1、1、9とタップする。
トツキ……遅いよ……。
僕の心の声が届いたかのように、トツキは通話ボタンを押さずにうなだれた。気を取り直すと、9を消し、0をタップ。110番だ。でも、そこまでしておいて、またも通話ボタンを押さない。どうした? そうか、この状況だと自分がやったと思われそうで通報しづらいのか。そうだよな。
と思ったら。
最初のコメントを投稿しよう!