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トツキは下唇を噛み、死体の腹から包丁をググッと抜き取った。
は?
飛び散った血をガッツリ浴びて、指紋べったりじゃん、何してんの? 完全に容疑者になったぞ?
土間に立ったトツキは、肩で息をしながら死体を見つめ、包丁を自分の首元に当てる。は? は?? 何!? やめてやめてやめて!
「俺がもう少し早く来てれば……」
よせよせよせ! 何、責任感じちゃってんの? トツキは何も悪くないよ!
くそ、僕に実体があれば。せめて言葉だけでも発することができたらいいのに。こんなに近くにいて止められないなんて。
なんなんだよ。僕のために死んだりするなよ。わけがわからない。
気が動転しているのか? 落ち着けトツキ。頼む。お願いだ。
「だめだ……」
トツキが呟いた。ゆっくりと包丁を下ろす。よしよしそれでいい。冷静になってきたのかな。僕は実体がないので文字通り胸をなでおろすことはできないが、ものすごく安堵した。のも束の間。
「今死んだら……誰が仇を取るんだ」
は?
カタキって何? いや言葉の意味はわかるが、トツキが僕の仇を取るの? なんで? いい、いい! 余計なことはもう何もするな、お前はとにかく自分が疑われない方法を考えてくれ。だいたいトツキは犯人の顔を見てもいないのに……
あっ! こいつの奇行に気を取られて、女を探すの忘れてた。
なんだよ、もう。僕はどうすればいいんだ。
トツキが心配だが、実体もなく見守ったところで、何が起きても手出しできない。なら女を探しに行くべきか。でもトツキが心配で上の空になりそうだ、けど僕には何もできないし……うう、堂々巡り。
そのとき、半開きだった玄関のドアの外に人影が見えた。
トツキも気配に気づいたようで、鬼のような形相になって振り返る。
謎の訪問者は、ドアの隙間をゆっくり広げていく。
現れたのは、清潔感のある二十歳前後の青年だった。
「あの……大丈夫だったんですか」
トツキに怯えながら、青年が尋ねる。
「お前、何か知ってる口ぶりだな」
「あ、いえ、その……うわぁっ!」
言い訳を探すように目を泳がせた青年は、立ちはだかるトツキの体で見えなかった死体に今、気づいた。
「し、死んでるんですか、その人」
トツキは質問には答えず、呟く。
「犯人は現場に戻るって、よく言うよなぁ」
「え?」
「よくもアキラを……」
包丁を握る手に力が入る。待て、トツキ、違うぞ。死体があることに気づいていなかった彼が犯人なわけないだろ。
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