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「いや、それも人違い」
は?
「君は人違いの人違い」
は??
「配達員の女が、この部屋の鍵を開けてる彼を偶然見かけて、ここに住んでると誤解した。今日になって、恋人を襲ったのは彼だと誤解する出来事があった。女は亡き恋人が自殺に使った包丁を持参して、ここに住んでる君を刺した」
どんだけ誤解を重ねるんだよ。
すると僕は、殺されても仕方ないやつじゃなかったのか!
「失敗の程度は異なれど、自分の勘違いに気づかないって、人間にはよくあることさ。下手すると正しく認識するほうが少ないかもね」
僕の死を「よくあること」で済ますな!
「あ、そうだ。君、未練のせいで成仏できないと思ってたろ。いいこと教えよう。真実の愛に気づくと、うまく転生できるよ」
いや、真実の愛って。唐突にクサい言葉を出してきたな。
愛し愛されなければ永遠にこのままってこと?
「まぁそんなとこ」
誰にも愛されず死んでる僕に今更どうしろと?
「本当に? めちゃくちゃ愛されてたろ」
僕が? 誰に。……まさかトツキか? これを真実の愛と呼べるのか? 彼は特殊だ。さっき知ったけど、大勢を同等に大事にできるやつだったみたいだ。僕が特別に愛されてたわけじゃない。
「本当に? 自分が特別じゃなかったと確信する理由は?」
そんなの考えるまでもない。補欠程度の人間を、どうして特別視することがあろうか。
「補欠と月2回も飲むか?」
たった2回だぞ。
や、待てよ……? 毎日独りで暇な僕とは違う。トツキは半端なく友達が多いんだ。フリーターとはいえ仕事もしてる。下手すると数年単位で会えなくてもおかしくない。考えてみれば妙だ。
今日も僕のために死のうとしたり、人を殺したり。
愛されてた? 僕が?
『お前のこと……好きだったよ……』
そういや抵抗なく人工呼吸してたな? 髪も撫でてた。愛って、好きって、なんだ? どういう意味だ?
「君はどうだ?」
僕? 僕は……
人嫌いなのに、トツキとの時間だけは楽しかった。
「それ、特別ってことだろ」
……。
たしかに、本音を言えばもっと頻繁に会いたかった。毎晩アニマル動画を見ながら、トツキは次いつ来るのかな、と考えていた。
上辺だけの関係だなんて自分に言い聞かせて、いつか疎遠になっても傷つかないよう予防線を張ってた……?
いやでも、特別だけど、愛と呼ぶのは大げさだ。僕を刺した女は同性の恋人がいたらしいが、僕はトツキと付き合うなんて想像できない。
「人間は拘るよねぇ。愛って恋愛とは限らないよ? 恋人とキスハグしなきゃだめって決まりもない。一緒にいて幸せ、大切、特別。それ愛情だろ。まぁ互いの欲求が合わなきゃうまくいかないが」
欲求……。トツキは僕に人工呼吸を……
「あれは君を助けたくて必死だっただけさ。キスじゃない」
そ、そうか。勝手に紐づけてしまった。
「人間は頭が固いねぇ」
あんなに号泣しながら助けようとしてくれたのに、おかしいと思ってしまってごめん、トツキ。僕のこと、すごく大事に思ってくれてたんだな。
僕もトツキとの時間が大切だった。今更気づくなんて。
意識のないトツキの顔を眺めた。そうか、俺、愛されてたのか。なんだか視界が滲んで、狭まってる。おかしいな。
おかしい。
僕に実体はないから涙も出ないはずだ。待て。待ってくれ。まだトツキの顔を見ていたいんだ。くそ、やっとトツキへの愛情を自覚したタイミングで消滅かよ。神様め、人間を弄んでるんだ。ゆるさないぞ。こんなの酷い。嫌だ、離れたくな
「行ったか」
神は鼻をフンと鳴らした。
「次はもうちょっとうまく生きろよ」
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