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100の始め
勘弁してくれよ、というのが率直な感想だった。
正直なところ、腐れ縁と化している幼なじみが面白がって参加したいと言い出さなければ、僕はあれやこれやと理由をつけて、逃げ出していたろう。
たとえそれで、ひんしゅくを買っても、だ。
毎年、夏に行なわれている、文芸部の強化合宿。
強化合宿とはいうものの、特に大会もない部活の集まりともなれば呑気なもの。文化祭で発行される部誌に載せる原稿を書くための、ちょっとしたカンヅメごっこだ。
――そう、例年ならば。
今年の合宿は、去年までとは大きく方針を変えていた。
僕が所属する文芸部では、長らくあるタブーがある。今年の合宿は、そのタブーを破る、という何とも挑戦的なものだった。
文芸部で代々守られてきた掟。
発行される部誌に「怪奇もの」を書いてはいけない。
いつからか伝えられてきたこの決まりを、僕らは黙って遵守してきた。だが今回、そのタブーを破ろうという、強者が現れたのだ。
僕の一つ後輩にあたる女生徒の発案により、今回企画されたのが「怪奇特集」並びにその下地作りとしての「怪談合宿」だった。
僕は、リアリストと評される人間だ。心霊現象というものを信じているか、といえば、まったく信じていない。
だが、タブーを犯すことへの恐怖がない訳でもない。
現実主義者だからといって、今まで伝えられてきた何かを破ることへの抵抗がないかといえば、また別の話なのだと改めて思い知る。
(それこそ非建設的な……思い込みなのかもしれないが)
そうだ、まったく論理的ではない。論理的ではないが、ある事実が僕の中で重たい懸念としてのしかかる。
タブーが作られる原因となった、因縁。
過去、この学校の文芸部の部員が、何人も亡くなっている、ということ。
「先輩。何を考え込んでいるんですか?」
甲高い、女生徒の声が響いた。僕はふと現実に戻り、笑って座につく。
部室では狭過ぎる事もあり、僕らは宿直室の横にある、空き教室を借りていた。
机を固めて作った空間に、椅子を並べて円を作る。そして真ん中に、びっしりとろうそくを敷きつめていく。
火災を用心して、あちこちからかき集めた消火器と、水を張ったバケツ、濡れ雑巾と、これでもかという重装備から、現部長の慎重さが窺われる。
まだ火のついていないロウソクに、それぞれが手分けして火をつけていく。
「おいおい、百物語って雰囲気じゃないなぁ、これじゃ」
誰かの苦笑交じりのぼやきに、何人かがつられて笑う。
「なんだかパーティーみたいだね。クリスマスみたい」
「サンタのロウソクまであるからね。そりゃ、なんだっていいとはいったけど、それにしたってなぁ」
あちこちからかき集めてきたせいだろう。可愛らしいイベント用キャンドルから、アロマ用のキャンドル、はたまた仏具まで、と統一性のないロウソクは見るからにこっけいなのに、僕はうまく笑えなかった。
すべてのロウソクに火をともしたところで、それぞれ思い思いの椅子に座る。
六名の部員に、外部からの応援と野次馬を混ぜた総勢十人。一人十話のノルマを全員が果たせば、百物語が完成する。
百物語。
この試みが終わる時、何が起こるのだろうか。
皆は期待しつつも、何も起こらないだろうという油断が見て取れる。
だが、僕は――
「始めましょう」
誰かが、そう呟いて、最初の語り手を促した。
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