第十一話 死者の告発(語り手:緑谷孝介)

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第十一話 死者の告発(語り手:緑谷孝介)

みんな戻ってきたようだし、そろそろ再開するとしようか。 うーん、そうだね。二話目となったら、もう少し真面目な話をしないと怒られそうだから、真面目に語るとしようか。 え? やっぱり一話目はふざけていたのかって? いやいや、そんなことはないけどね。 ただ、盛り上がりには欠ける話を選んだかな、って。 怪談てさ、物語の観点としては、テンプレート的な流れを踏むものなんだよ。 前段があって、そこから怪奇現象が起きる山場、そして後日談や曰くをつけるオチの部分、とね。 もちろん怪談なんてものは、オチがないことが多いし、本当のところは現実の体験にオチなんかつくはずもないんだけど、それでも人は解を求めてしまうものなんじゃないかと思うよ。 理屈で説明できないことでさえも、曰くだのなんだの、といった理が存在することを望むんだ。 それこそ……誰だったっけ。怪談は理不尽だ、といってたよね。 たしかに、怪談における怪異は実に理不尽だ。 だからこそ、少しでも理解できる形に咀嚼しないと、それこそ恐怖に囚われたままになってしまう。 不思議だよね。怪談なんて、怖さを求めて聞いているはずなのに、それでも恐怖から逃れたいなんて。 さて、下らない前置きはこの辺にして本題に入ろうか。 今回の場を設けるにあたって、ぼくは一つ自分の中で決めごとをしていた。 今夜、この学校にまつわる話に縛って話をする、ってね。 うん、そうだね。一人持ち分は十話。それを全部この学校の話で埋められるのかって、疑問に思う人もいるだろうね。 ……それが埋められるんだよ、これが。 今までも話を聞いていて疑問に思った人はいるんじゃないだろうか。 この学校にまつわる怖い話がある。 そして、そこに出てくる教師が皆、なぜか訳知り顔である。 なぜなのか。 答えは、この学校ではそういう話が珍しくないからだよ。 なぜかは分からない。学校とは、そういうものなのかもしれない。昔から、学校の怪談、なんて題材は腐るほどあるしね。 ただ、この学校に関しては、ちょっと多すぎる気もしている。 それこそ、文芸部の曰くもそうだけど、他にもいくつかの逸話が残っている。 その内の一つをしよう。 この学校には、かつて新聞部というものがあった。 もちろん今はない。 新聞があまり身近じゃなくなったから、とか、部活動らしくなかったから、とか色々言われているけれど、実際のところ、廃部になった原因はやむを得ないというような、ハードなものなんだよ。 新聞部ってさ、どんな子が入ると思う? 報道の正義とか、真実を広めたいとか、そういうキラキラしい理由を掲げた生徒だろうか。それとも推薦の時に有利になったらいい、という理由で適当に入る生徒だろうか。 ま、現実にはいろんな理由があるだろうけれど、その事件が起きた当時の新聞部はあるタイプの生徒で溢れていた。 適当に毎月のノルマをこなして、部活動の体裁を為していればいい、というタイプ。 確かにそういうタイプが多くなるだろうな、新聞部なんて。 新聞が好きです、なんて理由で入る奴はいないだろう。なんだ、新聞が好きって。物理かそれとも概念か。 はたまた記事っぽいものを書くのが好きな奴だったら、新聞部なんて入るより自分でブログ開設するだろうし。 ただ、その年の新聞部には一人、とんだ変わり種が入ることになったんだ。 さっき言ったよな。報道の正義とか、真実を広めたいとか。 そうなんだ。本当に、それを掲げた生徒が一人、新聞部に入部した。 ぼくからすると、想像もできない人間だね。吾妻だったら気が合うのかな。意外と潔癖なところあるものな。 え、そこまででもない? ま、本人が認めることはないのかもね、こういうことは。 話を戻そう。 キラキラしい目をして新聞部に入ってきた生徒。 その生徒の困ったところは、本当にそれを実行するだけの行動力を持っていたところにあった。 理念を掲げるだけで実際は何もしない、という生徒なら、人としては微妙でも角は立たなかったろう。 でもその生徒は違った。理想に溢れた彼は、自分が知らせるべきだと信じたことを、恐ろしい執念で追おうとした。 たとえば、教師と一部の生徒の癒着による推薦枠の不正譲渡とか。ある教師の、生徒に対するセクハラ行動とか。 おどろくほど執拗に調査を重ね、動かぬ証拠を見つけると、それを新聞に書く形ですっぱ抜いた。 内容を聞くとすごいよね。それを突き止めて告発できたなら、たしかにそれは報道の正義に値することなんじゃないかと思うよ。 ぼくらにとっちゃヒーローみたいに映るだろう。 威張りくさっている嫌な教師の鼻を明かしてやった、となれば、一般生徒からしたら小気味がいい。 でも世の中は非常にきたない。それは、学校という箱庭であっても、そう変わることはない。 あくまで一部の、とは言っておくけれど、教師たちの反感を買ったんだ。 また、彼の行動は教師以外にも反感を買っていた。 そう、同じ新聞部の部員たちだ。 過激な彼の記事は、内申を気にする部員からは嫌われていた。当時の部長に気に入られたせいで入部当初から記事の採用率も高かったものの、部員からは鼻白まれていたところがあったんだよ。 ま、気持ちはわからなくもない。 事を荒立てるな、といえばそうだ。真実を突き止めたからと言って、新聞にする必要はない、という意見もある。 ただのスタンスの違いなら、そうだった。 だけど一般生徒に持て囃されるその生徒に対して、部員たちはどんどん薄暗い感情をためていった。 おかしい、自分たちは間違っていないのに、どうして。 あんな奴が存在することが間違っているのに、どうして。 その感情に、正当性をもたせたのは教師たちの反発だった。 そうだ、先生も認めているのだから、自分たちが間違っているはずがない。 そしてその日、事件が起きた。 その日、部長が風邪で休んだせいで、部室にいたのは彼への反発心が強い部員たちだけ、という状況が出来てしまった。 そんなことを知らずに部室に来た彼は、その場にいた部員たちに詰め寄られ、殴る蹴るの暴行を受けた。 そして――その結果、彼は亡くなってしまったんだ。 なぜ、って顔をしている子がいるね。でもぼくはこの話を知った時、そうなるだろうな、と思ったよ。 手を出した段階で、もう殺すしか道はなかったんだよ。そんな奴、いじめられたら黙っているはずがないからね。 いくら一部の教師が反発を持っていたところで、彼が生きていたら、部員たちを庇ってくれるかどうかは分からないしね。 うん、そう。彼が生きていたら、ね。 死んだ生徒の死体を前に、部員たちがしたことは、彼を嫌っていた教師を選んでこの事実を打ち明けることだった。 うん、そうだね。本当にきたない話だよね。 教師はどうしたかって? そりゃ、決まってるよ。さすがに殺しちゃったと聞けば青ざめたろうけど、元々法律を遵守するより学校の体面を守る方が重要って主張の持ち主だからさ。叱りはしたけど、隠滅の方に手を貸しちゃったんだよね。 教師の手を借りて、彼の死体は運び出され、学校の裏山に埋められた。 そして彼ら全員は共犯者として、この件を口外しないことを約束させられたわけだ。 しばらくは、彼は行方不明扱いになった。 なまじ性格が性格なので、学校内では陰謀説が出たらしい。 何かヤバい件に深入りして消されたとか、教師たちで共謀して消されたとか。 普通だったら生徒の失踪くらいじゃ動かない先生がたが、親に協力してビラ配りをするくらいには、校内の疑惑は手に負えなかったらしい。 現に、隠滅に関わった教師以外は家出を信じてなかったし、むしろ早く見つかってくれて疑惑から解放されたいくらいの気持ちだったろうさ。死体でも何でもいいからね。 そしてついに、その死体が人目を見る機会が訪れた。 きっかけは、掲示板に張り出された新聞部の新聞だった。 いつも通りの、当り障りのない記事に埋め尽くされていたはずの新聞が、全く別の内容に書き換えられていた。 死者の告発、と大きく題されたその記事は、彼が死んだときのこと、そして死体が埋まっている場所について、細かく記されていたんだ。 そう、まるで本人が書いたように、ね。 昔は部活で朝練、というものがあったらしくて、一番最初に気づいたのは、運動部の生徒達だったんだ。 彼らは新聞部とはまったく関係がなく、かつ、どちらかというと正義感の強い連中が多かったおかげか、その記事の内容を信じて裏山に走ってくれたんだ。 そして、遺体を発見してくれた。 彼らが辿り着いた時、埋められたはずの遺体は一部地面に露出し、誰が見ても人骨と分かるようになっていた。 それから大騒ぎになった。 もちろんさすがに殺人、いや傷害致死事件なので、学校側も隠ぺいすることは出来なかった。学校名が出来るだけ報道されないよう、必死に対応する以外はどうしようもなかった。 そして――少年A達は逮捕されるにいたる。 新聞記事が鵜呑みにされることはなかったとはいえ、彼らの挙動は誰の目にも怪しかった。 しかも、それを告発された時、違うと言い切るには彼らの中にも不審と恐怖があった。 彼らの疑問は尽きなかった。 あの記事は誰が書いたのだろう。なぜ、あの日のことをあそこまで詳細に記事にできたのだろう。 仲間の誰かが裏切ったのか。それとも、誰かにその場を見られたのか、それとも―― その疑心暗鬼から、彼らの一人が自首し、あとは芋づる式に逮捕となった訳さ。 とはいえ、未成年だからね。彼らは実名で報道されることはなかったようだし、今は普通に生活しているんだろうけど。 ああ、でも普通に生活は難しいかな。 だってやっぱり、中の一人が裏切ったとは思えなかったろうからね。 つまりそれは、題目通りの「死者の告発」の可能性が高い訳で。 以来、新聞部は廃部になってしまった。 部員のほとんどが逮捕されてしまって、残された部員だけで存続させるには気力が続かなかったという。 何より、当時の部長が廃部を望んだそうだ。 新聞部最後の号は、死者の告発、で終わらせたい、とね。 さて、ぼくの話はここまで。次は誰だったっけ。
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