第十二話 幼い恋(語り手:瀬戸静奈)

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第十二話 幼い恋(語り手:瀬戸静奈)

私が十二話目、ね。これ、百物語なんだから百話まで語らないといけないんでしょう。 百物語を題材にした本はいくつか見たことあるけど、読み終わった後、不思議と全部の話は覚えていないのよ。 あれって、自己防衛本能なのかしらね。 ああ、だって百物語って百話を語ると怪異が起きるんでしょう? だったら記憶の上でも、百話は語られない方がいいってことじゃないかしら。 読んでいるつもりで、何話か見飛ばしているのかも、ね。 え? 怪談は得意じゃないって言ってなかったかって? むしろ注文うるさい? あら、私は得意じゃない、って言ったのよ。好きじゃない、とは言ってないでしょう。 それでも文句つける先は選んでるわよ。元から怪談が好きじゃなかったりする人には一切言ってないでしょうに。 あー、はいはい。言いたいことは後でまとめて聞くから、とりあえず私の話をさせてもらっていいかしら。 でもさっきから皆の話を聞いていて、私、少し反省したのよ。 私のした話、恋バナを絡ませてなかったじゃない。 ここのメンバの特性なんでしょうけど、極端に恋バナ少ないじゃない。霧谷さんのくらい? そう、怪談と恋バナというのはね、切り離せないものなのよ。 失恋を理由にあてつけがましく死んだ人が振られた相手に憑りついたり、死んだ恋人に憑り殺されたり、殺された奥さんが旦那の不倫相手を呪い殺したり、怪談と恋バナはすごく相性がいいものなのよ。 え? それは恋バナなのかって? 色恋沙汰だったら、恋バナに入れてもいいでしょ、きっと。 ええ、そんな前置きをした以上、私の次の話はね……恋バナよ。 私の友人の友人が小学校の頃に体験した話ね。 私の友人の友人の同級生……さすがにややこしいからAさんにするわね。 Aさんが小学五年くらいの頃、同じクラスの男の子に恋をしていたの。 その想い人――Bくんと呼ぶことにするわね――はクラスの中でもとても大人しくて、ほとんどしゃべらない、でもしゃべらないなりに、授業態度や周囲への態度はとてもマジメな子だったそうよ。 ただクラスの中でも浮いていて、ちょっと乱暴な男子からは軽くいじめめいたものもあったんですって。 怪我をさせたり、持ち物を盗られたりするようなものはなくって、授業中に絡まれたり、からかわれたりする程度ではあったみたい。Bくんもほとんど反応のない子だから、クラスの子達もそう真剣には捉えてなかったみたいね。 ええ、そうね。それがいいのか悪いのかは分からないけれど、でも面倒ないじめって、きっとそういうものなのかもしれないわ。 人によってはその程度、と思ってしまうくらいの、軽いからかいや絡み。 確かに、私もあまり気持ちのいいものではないと思うけれど、当人が気にしたそぶりがない以上は流すでしょうね。 たとえ気にしていても表に出せない子がいたとしたら、ひどい話なのかもしれないけれど。 ……話がそれたわね。 ええ、Aさんもそういう状況を流していた一人よ。 好きなのに、と思うかもしれないけれど、その子も大人しい子だからね。男子の中に入ってどうこうする勇気はなかったんじゃないかしら。 それにAさんは、気にしたそぶりもなく流しているBくんだからこそ好きになったんだから、必然かもしれないわね。 だけど五年生から六年生に上がる直前、Aさんはとてもショックな状況を目の当たりにすることがあったの。 三月の末、その学年最後の修了式の日、Aさんはちょっとした――たしか飼育委員の仕事だったかしら――用事があって、体育館の裏手を通ることになったのね。 そこで、ビリビリに破られた教科書やノートの山を見たの。 修了式の後だからね、開放感でやっちゃったかな、と思って何気なく見た教科書の裏表紙に、彼女はすごく衝撃を受けたの。 そう、そこにはBくんの名前があったのね。 その教科書やノートの山は、Bくんが使っていたものだったの。 Aさんがとっさに心配したのは、いじめがエスカレートしているんじゃないか、ということだった。 それはそうよね。大人しくて人とほとんど交流のない、マジメな男の子が、修了式ではしゃいだとは思わないじゃない。AさんがBくんのすべてを知っている訳じゃないとしても、イメージじゃないわよね。 でも、落ち着いて考えてみると、いじめだとしても違和感があった。 だっていらないもの、そんなもの。いい気はしないかもしれないけど、ダメージはないわね。Bくんに至っては、元々クールに流しているタイプなんだから、気にすらしないかもしれない。 たかがその程度のことだとしても、バレたら怒られてしまうこと。 そんなリスク負ってまでやる理由がわからない。 Aさんはね、分からないなりに考えて、下手に騒がない方がいい、と思ったの。 Bくんに聞いてみるか迷ったけれど、変に教えた方が嫌かもしれない、と自分の中で結論付けて、内緒にすることを決めた。 そして、その教科書とノートの残骸を家に持ち帰ったの。 そう、家に持ち帰って、復元作業を始めたのよ。 何かしら、ええっと吾妻くんのお友達。それ、ヒトコワじゃないですか、って。 ……話は最後まで聞きなさい。たしかに彼女の行動が常軌を逸していることは認めるけれど。 ええ、そうね。女子の中にはたまに、好きな男の子の持ち物を欲しがったり、ゴミとしか思えない相手のメモ書きを拾って持っていたりする子がいるから、何気なく話してしまったけれど、男子からしたらちょっと怖いかもしれないわね。 え、ちょっとじゃない? かなり? おぞましい? そこまで言うことないでしょ。別に、実害ないんだし。 私? 私は……そもそも男子に興味を持ったことがないから分からないわね。ああ、兄さんからもらったものなら子供の頃のおもちゃでもまだ持っているから、そういう感覚に似ているのかしら。 ああ、それは違う? 一緒にするな? ごめんなさい、よく分からないのよ。 そうね、いったん落ち着きましょう。 とにかくAさんはそれを家に持ち帰って、復元し始めたの。 破られた紙を一枚一枚パズルのように合わせて、どうしても見つからないカケラもあったからすべては埋まらなかったけど、かなり原型を取り戻すことが出来た。 そして復元したそれらを眺めてようやく、教科書とノートが破かれた理由が分かったの。 もちろん、Aさんの想像だから、現実がどうかは分からない。ただ、Aさんなりの結論は出たの。 復元された教科書やノートには、Bくんの筆跡とは違う文字がたくさん書いてあった。 彼のどういうところが好きかとか、彼が今日どんな表情をしていたか、その仕草がどんなに可愛かったかとか、そういうことがびっしり赤ペンで書いてあったの。 そう、勘のいいひとは分かったようね。 小学校の頃って、ノートを先生に提出して添削してもらうことあるでしょう? 教科によっては教科書も。 その添削の代わりに、彼への劣情が延々と綴られていたのよ。 つまり、五年生の時の担任が、Bくんにそういうことを書いて渡していたのね。 Aさんはゾッとして、悟った。 これを破り捨てたのは彼自身なんじゃないか、学年が終わって我慢しなくて良くなったから、捨てたんじゃないかと。 そして、さすがにこれは言わないといけないんじゃないかと思ったAさんは、匿名で学校に投書を送ったの。復元したものの一部を入れて、ね。 どの程度、信じられたのかは分からない。 その先生は別に辞めさせられたりはしなかったし、四月の始業式にも変わらずいたからね。 でも、少なくとも六年の担当からは外れていたの。 Aさんはホッとした。気づかれたらどうしよう、という恐怖はあったけど、それでも行動を起こしたのは、Aさんなりに彼のためになりたい、と考えたからだから。 高校生の私たちから見たら、独りよがりな気もするけど、小学生の、内気な女の子の精一杯だったのかしらね。 もちろん、ここで終わりじゃないわよ。 六年生になったAさんは、Bくんとは違うクラスになったの。 その時はがっかりしたけど、しょせんは小学生の淡い恋心ということなのかしら。クラスが離れてしまうと、少しずつBくんへの気持ちも薄れていった。 その代わりのように、Aさんは別の人を好きになった。 いつからか何故かその相手のことが気になって仕方なくなって、会える機会が限られていたにも関わらず、機会があれば彼のことばかりを見るようになっていた。 ちょっと異常なくらいにね。 ええ、そうよ。クラスが離れたから気持ちが離れたはずなのに、Aさんが次に好きになった相手は同じクラスの人でも良く顔を合わせる人でもなく、むしろ会うのが困難な位置にいる人だった。 どういうことかって? それを説明する前に、Aさんが好きになった相手を教えるわね。 Aさんが次に好きになった相手はね、なんと五年生の時の担任だったの。 みんな、混乱しているわね。 同性の先生にそういう感情を持つこと自体はあるかもしれないわね。でも、彼女からしたら告発までした相手を好きになるかしら。 そうなの、普通は有り得ないわよね。 そして謎の恋心を募らせ過ぎたAさんが放課後、その先生を待ち伏せるまでに行動をエスカレートさせるまでになった頃。 彼女は突然、死んでしまったそうよ。心臓発作だったらしいわ。 元々、持病も何もなかったはずなのに、怖いわね。 そうねぇ、この話をしてくれた彼女も、Aさんの行動自体は当人に聞いて知っていたけれど、事の顛末は事実としてしか語れなかった。元担任の先生に粘着するようになってからは、まともに話も出来なかったそうだから。 だから今からする話は、たまたま高校生になったBくんと会えた私が、Bくん当人から聞いた話とつなぎ合わせた想像よ。 まずBくんが教科書やノートを破った理由は、Aさんの想像とは少しだけ違っていた。 たしかに気持ち悪い、という思いもあったけれど、それ以上にBくんも先生を慕う気持ちがあったの。 でも慕う理由は、自分の中でも全然納得できなかった。 自分でも説明しがたい感情が気持ち悪くて、Bくん自身は出来るだけ先生を避けていたそうよ。 だからこそ、五年生が終わった時、すべてをスッキリさせたくて、教科書とノートを破いた。 そしてそれらを破った途端、頭を覆うようにあった思慕の情はすっかりなくなって、ただただ気持ちが悪いとしか思えなくなっていた。 そうなると、もうゴミでも気持ちが悪い。 そのままにするのは良心が咎めたけれど、絶対に家に持ち帰りたくなくて、そのままにしてしまったそうよ。 おそらく、なんだけど。 先生が赤ペンで書いた文字が込められた教科書やノート、想いがこもり過ぎて既に呪いの品になってたんじゃないかと思うの。 さらに言うなら、先生本人が相手を自分に惚れさせるくらいの術でも込めて書いていたんじゃないかと。 荒唐無稽に聞こえるかもしれないけど、起きたことだけ考えれば、そんなに飛躍もしていないんじゃないかと思うの。 ただ、Aさんが亡くなってしまったことだけは少しだけ謎なのだけどね。 サイキックホラー的にいうなら、自分を告発する投書を出せた人物と、自分に異常な執着を見せている、おそらく教科書かノートを持っているだろう彼女を結びつけて、新たな呪術を放って殺した、とも考えられるけど。 私が思うに―― Bくんが持っていた段階では、一応、理性を残していた呪いの物が、Aさんが持った段階ではもう理性すら残せてなかった。 つまり術が強力になっていたか、そうでなければ変質していたんじゃないかと思うの。 一回、Bくんが破ったことで破棄されたはずのものを、Bくんに恋情を持っていたAさんが修復することによって、変な作用が起きて変質してしまったんじゃないかしら。 どんな作用かは分からないけれど……AさんがBくんへ宛てた文章を見た時の、先生に向けた感情といえば、ただ気持ち悪い、で済んでいたか分からないし、ね。 え、やっぱりヒトコワじゃないかって? いやね、よく考えてみなさいよ。 想いだけで人を殺せるようになった人間なんて、人間と呼べるのかしら、って。 え? Bくんとどこで会ったのか、って? 良い勘をしているわね。 そう、Bくんと会ったのはこの高校に入学してからのこと。 Bくんは、この学校に在籍している、実在の人物よ。名前は教えないけどね。
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