第十四話 バスの下から呼ぶ者(語り手:吾妻君彦)

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第十四話 バスの下から呼ぶ者(語り手:吾妻君彦)

もう十……四話目ですか。案外、進みが早いですね。 ええと、どうしようかな。 は? また死体の話かって? まぁ、僕ですからね。そりゃ、死体は出ますよ。 うん? 堂橋くん……でしたよね。なにか……ああ、そういえば最初の時にはちゃんと話してませんでしたね。 僕は、異常に死体とかち合うんですよ。 嘘じゃないですよ。一時期、リアルコナソって言われてましたからね。 ……まぁ、マンガと違って、僕が遭遇するのは殺人事件じゃなくて、死体なんですけど。 僕が最初に死体を見た時ですか? あれは……幼稚園のことですね。 ああ、そうだ、その時の話をしましょうか。 僕がまだ幼稚園の年少組にいた頃なので……三、四才くらいでしょうか。 通っていた幼稚園の中庭で、その子供を見たんです。 僕の家は幼稚園から近かったので、幼稚園がない日でも、そこで友だちと遊んでいたんです。 そんなに大きな幼稚園じゃなかったので、中庭も広くなかったのに、幼稚園バスの駐車場も兼ねていて。 今から思うと、あんまり子供が遊びやすい環境じゃなかったんですけど、下手なところに行くよりは安全だと考えられていたんでしょう。先生たちも見逃してくれていました。 ただ、そんな場所なんで、普段は僕と友だち以外、誰もいなかったんです。 だけどその時だけは、いつもと違いました。 幼稚園バスの横に、男の子が園児服のまま、立っていました。 今となっては少し記憶があいまいですが、同じ組にいた子だったと思います。 あまり話したことはなかったですが、バスの横にいることが気になって、声をかけました。 「ねぇ、あぶないよ」 でもその子は、まったく振り返りませんでした。ふしぎには思ったのですが、それよりバスの近くから離さないといけない、ということが気になって、その子の袖をつかもうとしました。 「バスのちかくであそんじゃダメだよ」 ここで遊んでいる時は大人にずっとそう言われていたので、その子もそうしないといけないと思ったのです。 けれど彼はするりと僕の手を抜けて、バスの下へと入っていきました。 僕もあわてましたが、一緒にいた友だちも駆け寄ってきました。 「おい、あいつヤバいよ。バスがうごきだしたら」 その言葉に、僕はすっかり動転して、バスの下を覗き込んでしまったんです。 そこには、白目をむいた子供の顔がありました。 悲鳴を上げた僕におどろいた友だちが、やはり同じことをして、尻もちをつきました。 ……え? 尻もちついたのは僕の方だって? いや、真悟の方だろ。え、間違いない? ……分かったよ、じゃあ僕でいいよ。 とにかく僕ら二人が騒いでいたら、先生たちが気づいて駆けつけてきて。 そこからは大騒ぎでした。 バスの下から園児の死体が出てきたんですから。 もう救急車どころか警察まで来て、僕ら二人も大勢の人たちに質問攻めにあいました。 でもね、当時はなんであんなにしつこく聞かれたのか、全然分からなかったんですよ。 もう少し大きくなって、当時の先生の口から事情を聞くまでは。 ええ、そうです。 その子はね、バスの下にもぐったタイミングで死んだ訳じゃなかったんです。 もっと前、前日の夜にはもうそこで亡くなっていたそうです。 死因ですか? それは―― いや、それは後に回しましょうか。 とにかく僕らは死体を発見し、それからしばらく幼稚園は閉鎖されてしまいました。 また幼稚園に通えるようになったのはそれから三日後。 他の子たちは事情を知らないので、同じ組の男の子の死は転園のように扱われました。 僕と友だちからすると嘘だと分かっていましたが、そんなことをわざわざ話す気にもなれなかったです。 とにかく怖かった。 今となっては慣れてしまいましたが、当時の僕からすると濁った眼の記憶はしばらく忘れられない恐怖でした。 ただ、それだけ怖い思いをしていたのに、当時の僕は理解しきってなかったのです。 人の死、ということを。 だから幼稚園バスの横に亡くなった彼が見えることを、ぼんやりと事実として受け止めて、あまり疑問に感じてませんでした。 ただ、友だちの方は違いました。 彼からすると、死んだはずの男の子がいることも、それが異様なことも分かっていたので、ずっと幼稚園バスに近よるのが嫌だったそうです。 ただ、それは長くは続きませんでした。 「あいつ、いなくなってる」 真悟……友だちが言い出して初めて、幼稚園バスの横にいたはずの彼の姿が見えなくなっていることに気づきました。 僕はぼんやりと受け止めただけでしたが、友だちはかなりホッとしたのでしょう。 無邪気に幼稚園バスへと近づいていき、ふと足を止めました。 「どうしたの?」 彼の後ろからのぞき込んだ僕は、車の下から、妙なものが出ていることに気づきました。 それは、大人の足でした。 さすがに二度目なので、僕らも警戒しました。震える足をお互いに支えながら、二人でバスの下をのぞき込み―― 今度は、二人とも悲鳴を上げて尻もちをついてしまいました。 そこには、知らない男の人の、瞳孔が開ききった目があったのです。 その後のことは、あまり覚えていません。 この日は幼稚園があった日なので、他の園児たちも出てきて大騒ぎになってしまったことだけ、ぼんやりと記憶しているくらいです。 結論から話すと、その男性は、亡くなった男の子の、戸籍上のお父さんでした。 のちのち判明した事実としては、子供が自分の子ではないと知った父親が子供を撲殺。 その後、夜遅くに遺体を幼稚園バスの下に隠したそうです。 そうすれば朝、知らずに発車したバスに轢かれて亡くなった、とみてくれるんじゃないか、と期待して。 ええ、そうですね。実際には僕らが前日に見つけちゃいましたが、警察が調べたらすぐ分かる程度の偽装です。捕まるのは時間の問題だったでしょう。 ただ警察よりも早く、死神の手が彼を迎えに来ただけで。 お父さんの死因ですか? 心臓発作だそうです。 幼稚園バスの下で死んでいた件については謎のまま、被疑者死亡でこの事件は幕を閉じました。 まぁ、ただの病死、というには色々不審でしたが、理由はつけられませんでしたからね。 でも僕らは確信しています。あれは、あの子が連れて行ってしまったんだろう、と。 ええ、復讐、とは思わないんですよ。だって子供でしたからね、あの子も。 たぶん、父親に殺された事実を言うほど理解できていなかったんじゃないかって……僕はそう思いたいんです。 まぁ……これは真悟と意見の分かれたところなんですけどね。 そうだね、たぶん真悟の方が正しいのかもしれない。子供って案外かしこくて、そして残酷なものだって。 そして何より、死体を見つけた僕らの耳元で聞こえた、あの声は…… 心から楽しそうに笑う声だったから。 そう、ですね。子供の声は、他の園児たちの声だったのかもしれない。 そう考えようとしたこともあります。 でもね、僕らふしぎと空耳には思えないんですよ。 だってその声は、お父さん、って言っていたんだから。
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