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第十五話 かいだんのかいだん(語り手:相澤真悟)
さて、次はいかにも、なヤツを話す、って言いましたっけ。
ではさっそく、オレが中学で見た、いかにも、な怪談話をさせてもらいましょうか。
オレの中学には、一つ、有名な怪談があったんすよ。
怪談そのものはね、どこの学校にもありそうなヤツなんです。
増える階段、ってやつ。
ほら、よくあるじゃないですか。普通の階段は十二段、なのにある時間にだけ十三段になる、なんて話。
ウチの中学にもその噂があって、それ自体はまぁ、お約束だなぁってバカにしていたんだけど。
ただ、うちの学校に伝わるヤツはちょっと特殊だった。
その増える階段、って言われている場所が、立ち入り禁止になっていた階段だったから。
え、それじゃ確かめられないんだから、余計ガセなんじゃないかって?
うーん、そうじゃなくってさ。
普通、ああいう話の定番って、屋上に向かう階段だったり、地下にいくための階段だったりしないかな。
それってやっぱり、キミの言う通り、普段は生徒が立ち入れなくて確認できない、ってのも大きいと思うんだよね。
もちろん、単純に、人気が少なくて雰囲気があるってだけかもしれないけどさ。
でも、ウチの階段はそういう場所のものじゃなかった。
旧校舎南側の二階と三階をつなぐ、普通だったら使われてもおかしくないような場所。
そこがなぜか封鎖されていて、二階から三階に上がりたい生徒はわざわざ別の階段を使わないといけなかった。
しかも一階から二階、三階と四階の階段は普通に使えるにも関わらず。
な、変だろう?
だから入学したての一年生は、あまり旧校舎に配置されない。一年の教室と特別教室はすべて新校舎に配置していて、ある程度、学校に慣れた二年や三年が旧校舎に配置される。
それでも二年生の教室は旧校舎の一階から二階、校長室や職員室を旧校舎の二階、というように、出来るだけ二階から三階の間を移動する機会は限定されるような作りになっていた。
三階と四階にあるのは、三年生の教室と生徒指導室、あとは生徒会室、みたいに下級生があまり使わない場所ばかり。
だから普通なら面倒だな、と思われるようなこの造りも、自然と受け入れられるような流れが出来ていた。
そう、オレ達が入学した年の、ある出来事までは、ね。
ふふふ、まぁこう見えましても、オレは中学の時は生徒会に入っていたんですよ。
うちの中学では生徒会メンバを秋頃の選挙で決めるんですが、オレの入学した年はたまたま二年生の立候補者が少なすぎて、一年生の他薦枠が通っちゃっただけなんだけど。
で、そのまま通年で続けちゃった、とね。
まぁ、そのオレなんかで続いちゃった理由も、その出来事にあるんだけど……
あれは、ちょうど冬休みに入る前のこと。
階段を封鎖しているっていってもね、もちろんバリケードをがっちり張ったりはしていなかった。
立ち入り禁止の札を下げたロープを通して、怪談の電気を消した状態。
そんな程度でも、まぁ、生徒たちは使いはしなかったね。
中坊のやることだから、この立ち入り禁止区画が屋上だとか、人目につかない場所だっていうんなら、いっそヤンキーっぽい子達が使ったりしたのかもしれないけど、結局ただの階段だからね。
踊り場は二階からも三階からも丸見えで、たまり場には使えない。
だから、その程度の封鎖でも十分だった。
ほら、オレの入学した年は二年生の立候補者が少なかった、って言ったじゃん。
だから数少ない二年生は、ちょっとばかり問題のあるヤツでも普通に当選出来ちゃったんだ。
たとえ民主主義ぶった選挙を気取ってみても、やっぱり一年よりは二年の方が票を集めやすかったんだよねぇ。
んー、そうだね。オレの目から見てもかなり問題あったね。
インスタ? だかYouTubeだかで有名らしかった美人の生徒会長と、いつもカリカリしてて横柄な男の組み合わせ。
生徒会って、生徒会長入れて五人で構成されていたんだけど、生徒会長とそいつ以外はみんな一年でさ。
いやー、荒れまくったね、内情が。え? あー、生徒会長は別に、当人がもめる人じゃなかったなぁ。もう一人の方ね。
オレ? オレはおだやかだった方だよ。オレと一緒に入っちゃった、どこぞのカタブツ幼なじみがやたら正論振りかざしてキレられたり、大人しいタイプの優等生をいびるのを止めようとしたら逆ギレされたり、そんな感じ。
今から思うに、ほとんどの生徒会メンバは男子だったけど、生徒会長だけ女子だったのがマズかったのかもね。
あの人も、どこぞの誰かさんくらい、とまでは言わないけど、女傑型だったら良かったんだけどね。むしろたった一人の二年生の男子に頼りきっちゃって、一年生からしたらやりにくいこと、この上なかった。
そのくせ、センパイがいないところじゃ、一年坊主にも甘えるもんだから、そりゃもめるよね。
オレはねー、ああいうの分かっちゃう方だから、テキトーに流すけど。あとの二人はマジメ型だからね。それなりに聞いてあげるし、美人に甘えられて悪い気する男はいないっしょ? 多少カタブツだったところで、むげにはできないからさ。
まー、そりゃ、空気もおかしくなるよね。
そんなある日、だ。
やっぱりなんか頼まれごとした、とかで、き……いや、カタブツ一年の方が、生徒会長からお礼にお菓子をもらっていたんだよね。しかも、こっそりさ。ぬけがけってやつ?
本人の名誉のために補足すると、ヤツにはぬけがけする気はなくて、生徒会長からヒミツね、っていって渡されたらことわれなかった程度だったんだけど、それがバレて、センパイから因縁つけられた訳だ。
で、くだんの階段の怪談を出されて、段数を確かめて来い、と命じられたんだけど、ソイツはきっぱり断った。
『立ち入り禁止の場所になんて、入りたくありません』
怖いのか、そんなバカな話信じるのか、とあおられても、どこ吹く風でさ。
その内、力づくでも連れていきそうな空気になって、オレはあわててなだめようとしたんだけど、その時、いつもなら黙っているような、大人しいもう一人の一年が、ぽつりと口を開いたんだ。
『センパイこそ、怖いんじゃないですか?』
うん、あんな一面があるのか、っておどろいたよ。オレ達と話している時はとにかくひかえめって感じで、愛想はなかったけど、悪意はうすい奴だと思っていたからね。
でも、その時の声音には、バカにしたようなひびきがあった。
何だと、とすごまれても、一歩も引かずにうっすらと笑う顔には、何とも言えない迫力があったね。
『だってそうでしょ。そんなバカな話、あり得ないっていうくせに、自分で確かめたりはできないんじゃないですか』
そう言われると、センパイもひけなくなっちゃってね。
じゃあ俺が手本を見せてやる、なんてタンカ切って、階段に踏み出したわけさ。
そして一段、二段、と大声で数え始めた。
正直に言うとね、オレはセンパイも止めたかったんだよ。
ロクでもないヤツだとは思ってたけど、それだけだったし、分かりやすく暴力ふるったりはできない人だったしね。
……うん、オレはね。そのうわさ、信じてない訳じゃなかったんだ。
だからかな、スゲー嫌な予感しかしなかった。
でもちょっとばかりオレが止めても聞く気配もないし、幼なじみはあまり怪談話を信じないタイプだから援護は望めないし。
仕方なく、見守ってた。
十一段、十二段、と言った瞬間に、もう階段部分の一番上まで来ていた。
で、センパイは踊り場に足を踏み出して、ふん、と鼻を鳴らして見せた。
『ほら、十二段じゃないか』
オレは予想を裏切られて、ちょっとばかり拍子抜けしたけど、同時にホッともしていた。
空気を読まない幼なじみが、オレにしか聞こえないくらいの声で、こういうまでは。
『……十三段』
え、と聞き返したオレに、緊張しきった顔を向けてきた。
『階段の段数は、二階床と踊り場の間だけを指さない。踊り場まで含めて、段数だ』
『え、そうなん?』
うん、と険しい顔をした幼なじみに、オレは反論したよ。自分でも弱いな、って思いながら。
『でも、元から十三段だったんじゃん?』
『いいや、旧校舎の、ここ以外の階段はぜんぶ十二段だ。前に、掃除の分担を決める時に数えたから間違いない』
どういう決め方してんだ、とか、細かすぎやしないか、とかツッコミどころ満載だったんだけど、次の瞬間、それどころじゃなくなった。
『先輩、どうしました?』
冷え切った、嘲笑するような同学年の声に、あわててオレはセンパイの方を見て……大声をあげた。
『センパイ、大丈夫ですか!』
センパイが胸元を抑えたまま、ゼエゼエと変な息をしていた。そしてそのまま、バタリとあお向けに倒れた。
先生呼んでくる、とオレはその場を去ってしまったけれど、残った幼なじみはどうすることも出来ず、せいぜいが声をかけてやったり、胸元をゆるめてやったり、気道を確保? しようとしてやったり、とか、その程度のことしかやれなかった、と言っていた。
オレからすると、その程度でも十分な気がしたけどね。
だって頭打ってる可能性あったから、あんまり動かせないし、中坊のやれることって限度あるじゃん。
オレとしては、その間、薄ら笑いで見つめていたもう一人の方が気になったけど。
あ、そのセンパイ?
救急車で運ばれた後、病院で処置をしてもらって、なんとか無事に戻ってきたよ。
でもなんだか原因不明の発作が残ってしまってさ。過呼吸なんちゃら、みたいなものかな。
ああいうのって、精神的なものって言われているからね。原因不明でもあんまり追及されないまま、負荷軽減を理由に、生徒会は途中で辞めざるを得なくなったよ。
で、補欠のヤツがくり上がって、その年を越した。
でも、この件が広まると、ますます皆、その階段を気味悪がってね。生徒会がビミョーに敬遠されちゃって、結局オレ達が続けて受ける羽目になっちゃったんだよな。
うーん、そうだね。確かに、階段は最初から十三段だったのかもしれない。
でも、それならどうして、その階段だけが十三段だったんだろう。
そして、どうしてそこだけ使われなくなってしまったんだろう。
今でも、時々思うよ。
あの同学年の彼は、あの階段の何かを、知っていたのかな、ってね。
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