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第二話 先輩は図書室の怪異を語る
次は私の番ね。
怪談なんて得意じゃないのだけど、元々、うちの部には専門って人はいないものね。私だけパスって訳にもいかないから、がんばって集めてきたのよ。
ああ、自己紹介がまだだったかしら。
三年一組、瀬戸静奈。よろしくね。
私、とにかく本を読むのが好きなの。
文芸部に所属している人って、二タイプいるのよね。
書くのが好きな人と、読むのが好きな人。
私はとにかく、書くのは苦手なのよ。読む方が好き。
だから普段、部室にいるより、図書室にいる時間の方が多いのよ。図書委員もやってるしね。
本が好き、って一言にいっても奥深いのよ。
読むのが好きな人、本の装丁が好きな人、本をめくるのが好きな人、本の匂いが好きな人……
実は私は、図書委員なんてやってるくせに、紙の本にこだわりはないタイプね。匂いに限っては、むしろ苦手かな。買えるなら新刊がいいな、って思うのも、古い本の匂いが苦手なせい。
ああ、でも新刊の方が好き、っていうのは、やっぱりこだわりなのかしらね。
……話がそれちゃったわね。本題に戻るわ。
私がこれから話そうと思っているのはね、本にまつわる話なの。
去年、図書委員の先輩に聞いた話なんだけどね。
それを持っていた人は、必ず死んでしまう、と言われている本があるの。
みんな、は? って顔になったよね。私も最初は半信半疑だったの。
そもそも本って、怪談のアイテムとしては弱いよね。中古の品物で曰く付きになりやすいのは、やっぱり宝石みたいに身に着けるものがイメージじゃない。
それって、思い入れの問題だと思うのよね。
持ち物でなくとも、絵とか彫刻とか、いかにも念がこもりそうな一点ものの方が曰くが生まれやすそうでしょう。
本って持ち物ってイメージじゃないでしょ。それでいて、印刷技術普及後の本なんて大量生産品な訳だし。
やっぱりみんなも思うわよね。
中の物語にならともかく、本に思い入れるなんてことあるのか。
そして、そこまで思い入れられないものに怪異なんて起こるのかって。
私もね、本という物体そのものにはこだわりなくて、あくまで中が読みたいだけだからね。本に執着する感覚って、あまり分からないの。
まぁ、貴重なコレクターの本なんかだったらあるのかしら。でもそんな本、図書室で持ち出し可能にしているとは思えない。
だから私もね、先輩に聞いたわ。
「どの本のことなんですか?」って。
先輩が話してくれたことによるとね。
どの本がそれだ、と言えないらしいの。はっきりしているのは、うちの学校の図書室には、借りることが出来たら死んでしまう本があるってことだけ。
題名も、著者もはっきりしない。何なら、その時々で違う可能性まであるらしい。
……そうね、当然の疑問だと思うわ。
題名がはっきりしないのに、手にしたら死んでしまう、とはどういうことなのか、と。
私もそう思って、先輩に詳しく聞いてみたの。
そうしたら先輩は、少しずつだけど話してくれたわ。
自分が体験したその出来事を。
先輩が一年の時、二つ上の先輩が事故で亡くなってしまったんですって。
ああ、そうね。先輩の先輩っていうとややこしいから……死んでしまったその人は、仮にAくんってことにしておくわ。
A君は帰宅途中、雨の日にスリップしてしまった車に巻き込まれてね……打ち所が悪くて、そのまま運悪く、ですって。
事故自体は、不審なものではなかったそうよ。少なくとも、先輩が知る限りは、だけど。
不思議な出来事はね、A君の死後、葬儀が終わった後、家族が荷物整理を始めた時に起きたの。
A君の持ち物を整理していたら、見慣れない本が出てきたんですって。
うちの学校の名前が入ったシールが貼られていてね、明らかに図書館の本に見えるのね。
だから遺族の人も、学校に届けてきたのよ。息子が最後に借りていた本として、ね。
先生を通じて本を受け取った先輩は、さっそくA君の貸し出しカードを探したわ。
みんなが、どのくらい図書室を利用しているか分からないから念のため補足するけど、うちの本を借りるためには当人の名前が入った貸し出しカードに、書名を記載して図書委員に預ける必要があるのよ。
古くさい? データ管理じゃないのか? ですって?
そうね、さすが創立百周年を超える高校って感じよね。今時、紙のカードとか。
……まぁ、そもそも図書室自体が古くさい存在だもの。新しい方式を導入するほどでもないんでしょうね。
とにかく、うちで本を借りたなら、図書室に貸し出しカードが残っているはずなのよ。
でもね、A君の貸し出しカードは見つからなかった。
先輩、その瞬間はやられた、と思ったの。A君が貸し出しカードを出さずに、勝手に図書室から本を持ち出したんだって、そう考えた。
……まぁ、当然よね。図書委員の生徒からしたら、そんなことを疑ってカウンターにいる訳じゃないもの。貸し出しカードを出さないで退室した生徒がいたところで、いちいち問いたださないから。
そういうことがあったって、不思議じゃない、と思った先輩は、図書室の目録からその本の名前を探したの。
それは本当に、何気なくやったことだったらしいわ。
貸し出しカードがなかったんだから、そのまま棚に戻せばいいんでしょうけど、先輩からしたらどの棚の本だったのか、とかそういうささいなことを確認する程度のつもりだったんでしょうね。
でも、聞いている私の方が、ちょっとゾッとしたわ。
なんでって……ああ、そうね。図書室を使わない人には分かりにくいけど、図書室の本には学校の名前の他に、分類番号が振られていてね、背表紙のところにはその番号が貼ってあるはずなの。
なのに先輩がそれを見ずに調べたってことは、おそらく番号が振られてなかったってことなのね。
まぁ、先生が振るのを忘れてしまう、ってこともあるから、番号がないだけなら、そこで終わりの話なんだけど。
その本の題名がね、見当たらなかったそうなの。
目録の中に、その題名の本はなかった。さらにいうなら、その著者の本もなかった。
先輩は登録し忘れた本だと思って、ネットで署名を検索したの。ジャンルを調べて、その棚にしまえばいいかと思って。
少なくとも文庫名や出版社で見当のつくものじゃなかったのね。
そうしたら――そんな本はない、という検索結果が出たの。
さすがにおかしい、と思ってね。本を開いて中を確認しようとしたら……意識が暗転して。
そこで、先輩の記憶は途切れているんですって。
気づいた時には数十分が経過していたそうよ。本を借りに来た生徒がね、カウンターで倒れている先輩を見つけて起こしてくれるまで、先輩はずっと気絶していたらしいの。
そして本は、カウンターの上で見ていたはずの本は、影も形もなくなっていたんですって。
先輩は、すっかり慌ててしまってね。職員室に行って、委員会の担当の先生に相談したそうなの。そうしたら先生は難しい顔をして、一言だけ。
「忘れなさい」
とだけ言って、それ以降はなかなか語らなかったそうなの。
だけどもちろん、生徒の方はそれで納得いくわけないでしょう。しつこく聞き続けたらついに根負けして、しぶしぶその話をしてくれたそうなの。
この学校の生徒の手元に現れる、図書室には存在しないはずの本の話。
始まりはいつなのか分からない。ただ、相当昔の話になるらしいわ。
うちの学校って、開校から百年以上は経ってるから、相当昔って言ったら、戦前になる可能性もあるわね。
この高校に通っていた生徒が亡くなった時、必ずではないけど、その本が現れて学校に届けられる。そして学校側で調べても、その生徒がその本を借りた形跡が見つからない。
この世に存在しない名前の本。
え? 結局、その本は何なのかって?
さぁ、分からないわ。私が聞いたのは、そういう本があるってだけの話。
ただ、その本が現れる生徒はね。亡くなる前に必ず図書室を利用しているらしいの。仮説を立てるなら、その時に手にしたのかも。
現にA君も、死ぬ前後の日に、図書室を利用したことはあったらしいわ。貸し出しカードは出さなかっただけで。
うちの高校の場合、図書室で時間をつぶしてから塾に行く子は多いからね。A君もそんなだったんじゃないかな。部活には入ってなかったみたいだし。
題名を覚えていた人はいないの。先輩も、題名や著者を思い出せないんですって。
私の話は、これでおしまい。
え? 先輩がその話をしてくれた理由?
ああ……たしか、本の現れる周期がけっして長くないから、って言っていたわ。
私の代か、または、もう少しだけ下の代に、その本はまた姿を現すだろうから、ってね。その時、必要以上に怯えないため、ですって。
少なくとも、私はまだその本にお目にかかったことはないし、そういう話も聞かないで済んでいるわ。
出来ることなら、一回くらいは見てみたい気がするけどね。
え? その先輩がどうしているか、ですって?
さぁ、どうしているかしら。委員会が同じだけだった人だからね、卒業してからのことまではちょっと。
ああ……でも、そうね。確かに、ちょっとだけ疑問だわ。
それを手にした図書委員に何の被害もないのなら、先生はどうしてそんなに言葉を濁したのかしらね。
生徒を怖がらせないため? それとも……
何か、話したくないようなことが、あるのかしら、ねぇ。
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