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第五話 陽気な二年生はある事件を語る
あ、次はオレになるのかな。
今回は友達にどーしてもと土下座されたので文芸部外から助っ人で参加しました、二年三組、相澤真悟です。どうぞよろしく。
いやいや、ジョーダンだよ、ジョーダン。にらまなくても、本当にお前が土下座した、なんて思うヤツはいないって。
まー、けっこうマジな話をすると、この会、ヤバそうだから君彦……吾妻くんに頼んで、入れてもらったんですけど。
はい、ヤバそうじゃないですか。曰く付きの怪談会なんて。
マジでなんか起きたら、おもしろくないですか?
え、ちょっと、キミそんなに涙目で怒らなくても……泣いてない? あー、まぁ、本人が泣いてないっていうならそれ以上聞かないけどさ。怪談ダメだったら、帰った方がいいんじゃないかなぁ?
……おい、君彦。この後輩、帰らせた方がいいんじゃ……
はいはい、分かった、分かりました。もう言わないって。
じゃあ、今日はオレの仕入れてきた中でトップ級にヤバい話をしていきますので……泣くなよ?
あれは、オレがまだこの高校に入ったばかりの頃だったかな。
オレ達がごくごく真面目に授業を受けていると、廊下からとんでもない悲鳴が聞こえてきた。
すごい悲鳴だったよ。腹の底から出し切ったかのような。断末魔ってこういう声なのかなって。
先生ですら固まっていた中、数人が廊下に飛び出してって、また悲鳴をあげた。
動きを止めたそいつらを押しのけて、オレが廊下に出てみると、だ。
鬼の形相で刃物を振り下ろそうとしている誰かを、必死に止めようとしている奴ら。そして足元に倒れて顔を押さえている、一人の男子生徒。
なんだか良く分からないが、ヤバそうな方は他のヤツが止めていたから、倒れていた彼の方に駆け寄った。
「おい、大丈夫か? ケガしたのか」
たしか、そんな感じで話しかけたら、彼が顔を押さえたまま、大きく首を横に振った。
一瞬、ケガはないのか、と思ったのだけど、違った。
そいつは大きく身体を横に揺らした後、絶叫した。
「痛いぃぃぃぃ! 痛いぃぃぃぃぃぃぃっっ!!!」
その時、ようやくオレの後ろから先生が来て、彼に事情を聞こうとしたが、顔を押さえたまま半狂乱でらちが明かない。
「先生、とにかく救急車呼んでいいですか?」
そう聞いたら、先生はうろたえた。
「いや、先に事情聞いて、養護の先生にも相談しないと……」
「この状況で相談って何を」
思わずオレは言ってしまったけど、先生からしたら正論だったかもしれない。
ヘンに状況も分からずに救急車を呼んでしまって、大したことなかった、となったら問題になっちゃうからさ。
「どうした!」
ようやく騒ぎを聞きつけた他の先生方も駆けつけてきて、オレは心底ほっとしたね。
だけど、安心するのはちょっと早かった。
誰かが――たぶん君彦だったのかな――叫んだオレの名前に、とっさに振り返った。
考えるより先に、身体を横にひねってた。
すれすれのところで何かが振り下ろされたのを、何とかよけた。
そいつが次の動作をするより前に、先生達がそいつを複数人で床に押さえつけ、手にあった刃物を叩き落とさせた。
今はね、なんか落ち着いて行動した、みたいに話しているけど、さすがに当時は心臓バクバクもんだったよ。
本当にすれすれだったからなぁ。
軽いショックで動けなくなっていたオレのところにコイツが来て、オレのケガの心配をしたり、遅れて様子を聞いてきた先生に状況を説明したり、なんか色々バタついた。
騒動に居合わせたオレ達が事情を知るのは、一通り落ち着いてから。
隣りのクラスの奴等から、授業中何があったのか、を聞いた後だった。
うちの学校、割と進学校だろ? 普段はそんなに荒れてる方じゃない。
でもやっぱり学校なんて人の集合体だから、たくさん人がいればいろんな人がいる。その中でも、他人をいじめて面白がる奴っていうのはどんなところにも涌くもんさ。
隣りのクラスにもそういう歪んだ奴がいて、そいつの標的になったのは、クラスでも一番大人しい女子生徒だった。
大人しくて、陰気で、誰とも話さなくて、容姿もパッとしなくて。
典型的ないじめられっ子の気質を持っていたように見えたその女子生徒を、そいつは事あるごとにいびったらしい。単純なからかいから始まって、体操服をゴミ箱に捨てたり、弁当を床に落として食べさせようとしたり、結構ひどいものだったみたいだ。
女子のイジメに対していうなら、きっと男子のイジメは陰湿ではないのかもしれない。陰には隠れないから。
でも、やっぱり男子のイジメだって粘着質ではあるし、やることのえげつなさは似たようなモンだと思う。
ましてや、女子を標的にするようなヤツのやることなんてロクなものじゃない。
そして周りの子達は、やっぱり見て見ぬふりをした。むしろ積極的に関与する奴までいたらしい。
時期も悪かったね。誰もが高校に入ったばかりで、自分だって友人が多くはない時期だ。味方のいない状態で行動を起こすには、普通よりも大きな勇気がいる。
そして、あの日が来た。
あの時、隣のクラスでは、なんかの事情で先生が教室を出ていて、教師不在の自習時間だった。
まぁ高校生なんだから、そのくらいのお留守番は出来るよねぇ、っていったら過大な期待というやつで、先生がいないのをいいことに、男子生徒が彼女に絡み始めた。
その時だった、らしい。
彼女が筆箱から何かを取り出したかと思うと、それを男子生徒の目に突き立てた。
その時、あがった絶叫が、オレらがクラスで聞いた悲鳴だった。
一瞬、周りは何が起きたのか分からなかったらしい。
今まで暴力をふるうことがあっても、それは男子生徒の側だった。女子が男子に対抗する術はなく、ほとんどやられるままだったのを見ていた周りは、状況が理解できなかった、という。
目を怪我したそいつは、廊下に逃げ出してきて、その後ろから追いかけてきた彼女は更に彼を襲撃しようとした。
そこを、オレ達のクラスから出てきた数人が駆け寄ってきて、彼女を止めた――
これが事の顛末だった。
まー、それを聞いた、どこかの誰かさんは、止めるんじゃなかった、なんてうっかり漏らしたけど、事情を知らないオレ達からしたら、そりゃ、止めるよね。
それに止めたからこそ、彼女は殺人者にはならずに済んだ訳だし、さ。
まぁ……ちょっとは思うところあるけどね。
刃物を振り回している奴なんて、たとえ女子でも関わりたくないじゃないか、普通。それを我が身を顧みず、良心に従って行動した奴がいたから助かった、と考えると、オレはなんかすっきりしなかったけど。
彼女の時、そういう奴が現れることがなかったから、そんなことになったのに、さ。
ああ、彼女のその後?
実は彼女、取り押さえられた後、気絶しちゃってね。目覚めた時、何も覚えていなかったんだ。
……うん、本当に覚えてなかったんだよ。
そうやって考えてみるとね、あの時の彼女、確かに異常だったなぁって。
だっていくら高校生とはいえ、数人の男子生徒でかかって押さえこめないって、どんな怪力なんだろう。
それこそ彼女、むしろ普通の女子より体格は良くないくらいだしね。
あれから二年、彼女は普通に学校に通ってるし、今は普通に高校生してる。
あー……そうだね。傷害事件は傷害事件なんだけど、内容が内容だから……結局、警察沙汰にはならなかったんだ。
びっくりだろ。オレも驚いたんだけど、傷害事件って、ただ起きただけだと事件にならないんだね。あんなに騒ぎになったのにもみ消せるものなんだなぁって、社会はすごいね。
まぁ、学校的にはあまり表沙汰にしたくないし、被害者側だってあまり大きな声で言いたくない事情がある。出なかった理由も納得だけどな。
それでも彼女が普通に通っているのは、別の意味で驚いたけどね。隣のクラスの奴らは生きた心地がしなかったんじゃないかな。まぁ、いじめっ子より怖かったろうね、彼女の方が。
人によっては退学しちゃった奴もいるらしいし。
ああ、いじめっ子の彼?
彼こそ退学しちゃったよ。目がね、片方ダメになったのもあるけど、何より――
怖くて登校できなくなっちゃったんだ。外に出るのも怖いらしい。
さぁ、今はどうしているんだろうね? オレはあんまり知らない奴だし、そんな事件があったから、隣りのクラスの奴だって連絡なんか取らなかったみたいで、その後を知る奴はあまり多くない。
登校できなくなった、っていうのは、ある筋から秘密に教えてもらっただけだしね。
……あれ、不満そうですね、先輩。
怖いってこういうのじゃない? あんたら、幼なじみ二人そろって、なんでこっち系……って、こっちってどっち系ですか。
まぁ、ちょっとヒトコワっぽいですかね。
分かりましたよ。じゃあ、次にオレが話す時は、いかにもな怪談話をしますから、楽しみにしていてくださいよ。
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