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不意の決壊
「お疲れさまです」
「お疲れさんしたー」
他店舗から正社員とヘルプが回ってくるのが9時半。俺たち学生は10時にバイトをあがることになってるから、それらの人たちに交代して店を出た。
「寒っ」
制服姿で身を縮める迪也は上着も来てないから、見てる方が寒い。巻いていたマフラー外してひっかけてやると、慌てて俺に押し返してきた。
「ああ悪い。男の温もりの残ったマフラーなんて気色悪いわな。まあけどこうやってパタパタしたらだなぁ……」
夜の空気にマフラーを晒す俺に、迪也は真っ赤になって体の前で大きく手を振る。
「違います違いますっ!! 山登さん、寒いからっ!」
「それ言ったら俺より迪也だろ? 俺コート着てるし。上着来ちゃダメとか、迪也のとこの高校は鬼だな」
「……あのっ! ほんとに俺――」
「素直に巻いてろ。カップル巻きしようにも短いからな。残念」
俺は迪也は赤い顔を半分埋める勢いで、その首にマフラーを巻いてやる。
「…カッ……パ巻き…」
「は?」
「あっ…いや、違っ……あのっ、ほんとに、ありがとうございますっ……」
「そのマフラーの巻き方、河童巻きとかいうわけ?」
最近の高校生の事情がわからなくて純粋に聞いた俺に、迪也はちぎれそうな勢いで首を横に振った。
「違くてっ! あの……やっぱ、山登さん…モテるのわかるなっ……って。カップル巻きとかしてても、きっと雑誌みたいだろうし。そこいくと俺なんて…せいぜい……」
「河童巻きって?……くく……どんなだよ、それ」
あの短時間にそんなこと考えてたのか。
海苔とシャリに巻かれた迪也の姿を想像して、思わず笑ってしまった。
それにつられたみたいに、迪也の顔に笑顔が広がる。花が開くような会心の笑みに、ついつい目を奪われた。
「……よかった……」
「ん?」
「山登さんがちゃんと笑ってるとこ久しぶりだから……」
何かが。
ふつりと。
そこで千切れた気がした。
ずっとずっとずっと耐えて。
ずっとずっとずっと笑って。
ずっとずっと押し込めてきた何かが。
堰を切ったように溢れて。
次の瞬間、小さな迪也の体に、しがみついていた。
「……ゃまとさん!?」
「ごめん……ちょっとだけ……こうさせて……」
成人した大の男の情けない背中を、何も言わず、あやすように叩いてくれる迪也の手。
その手のあまりの心地良さに、自分がどれだけ疲弊してたのかを、思い知った。
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