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止まらない感情
「絆を、お前の尻軽婚約者様と一緒にすんな」
「ああ……なるほど」
清澄が早速腫れ始めた頬を手の甲で確かめ、クククと喉で笑うと、ギラギラした目で俺を睨みつけてきた。
「それで、人の女を寝取ったってわけか」
「取ってない。借りただけだ。あんな女、くれてもいらない」
最低な俺。
こんな人間だって知って、自分で驚いてるくらいのゲス加減。
「あぁ、そうだ。あんたケツも使いたいだろうから開発しといてやろうと思ったけど時間が足らなくてさ……まだ途中───」
「───先に手を出したのはそっちだぞ」
抑揚のない声とは裏腹の睨みつける瞳の強さ。
俺が殴ったことを、傷害として訴え出ようってか?
まあ予想はしたよ。
日本で指折りの大学に通う清澄と、世間から見りゃチンピラ高校生の俺。
だからほんとは殴るつもりはなかったんだ。
迷惑かけるしさ。
ま、やっちまったもんはしゃあない。
親父、母さん、ごめん。
出るとこでもどこでめ出てやるよって気持ちだったから俺には用意がなかった。
次の瞬間、もの凄い瞬間の圧力を感じるのと同時に、視界がはじけた。
「くっ…」
ヨロリと体が傾ぐ。
全く無防備の状態に決まった清澄のストレートが俺の脳を揺らしたんだって思い至ったときは、俺の体は地面に倒され、腹の上に乗っかかった清澄に首もとをねじり上げられていた。
「一度、手加減なしで人の顔を殴ってみたかったんだ」
街灯に照らされる、凶悪な笑み。
「どけよ。野郎にのしか……かられるのは、俺の……趣味じゃない」
「そうか? それは残念だな。喧嘩だけが取り柄みたいな生意気でデカい低脳男を組み敷くのは、なかなか壮観だぞ。……ああ、取り柄は他にもあったか」
「まあ、喧嘩は取り柄じゃないけど……おほめにあずかって…光栄だわ」
何とか身をよじって逃れようとするけど、まだ頭が揺れてるとこに最低限の酸素しか確保できなくてなかなかはねのけることができない。
「あの面白みのない女を、少しは楽しめる女に変えてくれたじゃないか。おかげでマシな帰省になったよ。なんならしばらく貸してやるぞ? もっと仕込んでおいてくれよ」
はにかむ百合の顔が浮かぶ。
嬉しそうに「彼」のことを話す姿には、打算抜きでの恋心があった。
何度体を重ねても、百合の中には清澄がいたんだ。
なのに。
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