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先取りメイク
「俺は世界中の女の子と冷めない恋をしてんだっ! ちょっとはデリカシーってもんを持てっ!」
こんな精神的・物理的な痛みをともなうセリフを俺に言わせんなっ。
「指どけろっ」
指にかかる絆の手。
「いやーん。やめてー! ヤマコお嫁にいけないっ」
「そしたら俺がもらってやるから、心配すんな」
───う。
上から降るそのオトコ前な言葉に、ぎゅんと、種類の違う痛みが胸を締めた。
くそー。くそー。くそー。
ときめいたじゃねえかっ。
ただのネタ返しだってわかってるのに、わかっててもやっぱ嬉しいとか思う俺は、乙女だ。
「……なっ、……おまえ、これ……」
めくられた指の間にのぞく絆の目が俺の顔の痣を捉えたんだろう、大きく見開かれた。
「来年の流行るらしいメイクを先取りしたんだ。このチーク、なかなか綺麗な色だろ?」
負傷から一夜開けて傷の色は一種芸術的になっていた。
人間の体は、こんなふうにも発色できるんだなぁって、どうでもいいプチ感想が漏れるほど。
「いてっ! おまっ! 変態かっ」
変色どころか若干変形してる頬をつつかれて、痛みに飛び上がると同時に涙が浮かんだ。
グワリと、絆の顔が怒りにゆがむ。
「誰にやられた!?」
「カリスマメイクアップアーティスト?」
「だからっ! ふざけんなってっ! 言えっ! 誰にやられたんだっ」
「……ぐッ…」
体を派手にゆすぶられ、内臓を撹拌するような膝蹴りをもらった鳩尾の部分の痛みに、涙どころか脂汗が浮かぶ。
結局、あの膝で俺は地面に沈められたんだ。
情けね……。
あの野郎。
勉強できて運動できて、あげく喧嘩も強いとか、チートにもほどがある。
何がむかつくって、倒れた俺を自家用車で送り届けるとかふざけた真似をしたことだ。
捨てとけってんだよ。
情けなさの上塗り。
あそこまで見事に返り討ちにあうともう、拗ねるしかないだろ。
「山登、おまえ、まさか……」
「町で拾った女の子の彼氏にキレられた。わかった?
なあ、もう、そっとしといて。俺も男の子だからさ。やっぱ色々あるわけよ。うちの親でもそんな深く追求しねえよ?」
実際、夜遅く帰った俺がボロボロになってるのを見て母さんと姉ちゃんは騒いだけど、親父の「なんか問題か?」「いや。何の問題もない」「あった言えよ?」「うん」「早く寝たぶん早く治る。さっさと寝ろ」「うん」のやり取りをみて、何も言わなくなった。
そのあと家族会議はあったかもしんないけど、基本、夜遊びは責任もってやれ、が我が家のモットーだから。
「俺は山登の親じゃない。なあ、俺の目をみて、答えろ」
覗き込む真剣な目から視線をそらす俺に、ぐずる子供みたいな声を重ねる。
「見ろってっ!」
見たいとも。
四六時中見てたい。
でも、今は、見えない。
俺は嘘つきで、絆の為ならいくらだってつけるけど。
真剣な絆の目を見て嘘つくのは、したくない。
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