愛というものの存在有無

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愛というものの存在有無

「あんたにはやれる心がないってか?」   後部座席からの俺のつぶやきがいくら力ないものだったとしても、聞こえなかったわけじゃないはずだ。    けど清澄はそれに答えず、ただ俺に曲がる道を確認しただけだった。  だからなんとなく思ってた、けど浮かべたくはなかった疑問が口をついて出たんだ。 「なあ、フリーセックスしたら、女相手でも性病になる可能性あるって知ってるか?」 「そんなもの、中学生に聞け」  そうだよ。  そうなんだ。  女とセックスしたって性病の危険はあるの知ってて、なぜか絆が女を抱くことには文句をつけなかった清澄。  それに対して絆は、清澄の保険だって思ってるけど、おれはなんか腑に落ちなかったんだ。  男相手を許さなかったのは、青かった清澄が、絆がほかの男を受け入れる行為そのものだったんじゃないか、と。  手酷く絆を棄てたこともそう。  絆は、清澄は自分を性欲の捌け口にしてただけで、女とヤれるようになったからお払い箱になったと思ってるけど、清澄と会って、話して、殴られて確信した。  清澄なら、絆を説き伏せてずっと二股かけることだって可能だったろうって。  絆を切るにしたって、これから政治の世界に進もうって思ってるストイックな清澄なら、わざわざ暗い性の過去をまとう敵をつくるようならことはせず、円満に別れる方法だって選べたろうって。  けどあえてそうしなかったのは?  なあ、愛は……あった?  何度か口を開いては、声に出さなかった問い。  ただ、まともに返されると思えなかったし、正直に胸のうちを告白されたところで俺の中じゃ変化なんてないから、俺の憶測を具現化する必要なんてない。  過程はどうあれ結果はひとつ。  こいつは絆を泣かせた男だ。 「奥さんに中出ししたけど、俺、病気もってないから? 赤ちゃんできてたらごめんね」  ピルを飲んでるらしいから中出ししたんだけど。  まあ、せめてもの、最低な反撃。  とたん急ブレーキがかけられてシートから転げ落ちて悶絶する俺に、「ああ。悪いな。信号だ」なんてうそぶいた清澄の心を少し垣間見た気がしたのは、要するに気のせいだと思うけど。  それも関係ない。  俺は、俺が手に入れられずに足掻いてるものを棄てたこいつが、嫌いだから。   その中に絆への愛を見出したとしても、俺には、関係ない。  だから絆にも、何も言ってやらないんだ。   
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