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あっけない結末
年の近さもあって壁を感じさせない気さくな店長は野外ライブを主催したおっさんの息子で、俺にしたらバイトの雇い主の息子になる。
「ちゅーす」
「ちゅわっす」
「ちわ」
「こんちゅー」
「こんちゅー? え、俺、虫!?」
「いや、どっちかってえと、食う方だよな」
「あ、わかる。食う方食う方」
「そうそう。カブトムシは硬くて……て、食わねえわっ! 食う方って何 ?どういう形態!?」
なかなか華麗なノリツッコミをみせる店長に、俺は気になってたことを尋ねた。
「ねえねえ、今日ってやたら女子率高いけど、何? ほかにイケメンバンドでも出るの?」
「え? 知らんできたんかよ。今日はガールズバンドデイだから、客もおのずとその友達らだろ」
「そうなの?」
「ほんと山登って適当だな。案内板にもチラシにも書いてたし」
「見てねえわ」
「山登サイテー」
「ほんと適当」
「……変わらないすね」
「やかましわ」
俺は絆以外のことは基本的にどうでもいいんだよっ。
「けど、ガールズバンドなのに樋口とかでいいの?」
「まあ、スネークロードはスネーク、みたいな?」
店長の口にしたセリフを噛み砕くため、一瞬無言になったときだった。
「うそ、マジで!?」
黄色い女の子の声が少し離れたところで聞こえ、すぐに開始前のまばらなフロアをパタパタと小走りにかけてくる音が聞こえてくる。
「ロジックゲート楽しみにしてたのに! また復活しないんですか!?」
「やーん、握手してもらってもいいですか!? えっ! 顏、どうしたんですか!?」
女子高生だか女子大生だかの大きな声に、端々で「ロジゲだって」みたいな声が聞こえてきた。
俺たちは活動期間こそ短いけど、絆のビジュアルも手伝って、それなりに贔屓にしてくれる人も多かったから、今でもライブハウスに顔出すたびにこんなふうに声をかけられることも多い。
「いい感じにアートでしょ?」
あつらえモノの笑顔を見せると、女の子が口を押さえてキャー、とかやってる。
妙にテンションの高い女の子独特のノリ。
そういやあ百合にはこういうミーハーな感じはなかったなぁ、なんて、取り澄ました美貌を思いだした。
百合とは清澄のところへ行く前にあったジャズイベントから会ってない。
その日俺は、俺が用意した席に座ってた百合に軽く挨拶だけをして別の女の子のところに行くと、初めてジャズイベントに来た時百合にしたことを、その女の子にした。
そう。俺が恭しく接するのは百合だけじゃなくて、それが俺のスタンダードスタイルだって知らしめるのに。
後はもうプライドの問題なんだろうな。
電話を入れたけど、着信拒否にされてた。
おかげさまで罪悪感も後腐れもなく関係を切ることができたけど、なんつうか、男の方が切り替えが遅いってのを実感させてもらったわ。
「今日服が地味目だから、顔を派手にいこうと思って」
「もうっ、ヤマトさん、面白いー」
「きゃー、ヤマっさん顔面白ーい」
で、女の子の言葉に乗っけて俺を指さすカズに笑いながらも、女の子はそこそこまじめな顔で俺らを見まわした。
「わたし、解散ライブも行ったんです!」
「まじで?ありがと」
ああ、この話題は嫌だな。
ほら、絆の目が笑えてない。
だって絆は自分のせいで解散したって思ってるから。
そんでもって、解散ライブにも出てないから。
絆の中では、完全に終われてないんだ。
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