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先輩という男
「バンドのメンバーだよ!」
不機嫌な男に向かって声を上げながら、俺の背中を押す絆。
「山登、悪いけど、今日もう帰ってっ」
さっきまでの軽いノリが嘘みたいな、ただ事じゃなさそうな慌てぶり。
いや、慌ててるというより、いっそ怖がって……る?
「なあ、あれ誰? なんか揉めてんの?」
「ちが…っ…いいから、もう帰れって。あの人、学校の先輩だから。また連絡する。心配いらないから!じゃあなっ」
俺の体をグイグイ押しながら小声で早口に言い切ると、こっちに向かって来ていた男に駆け寄って行ってしまう。
「お前、こんな時間にあいつと何やってたんだっ」
「キヨスミさん、お願い。まだ早いから、大きな声出さないで! 家の中で、ね?」
まるで目にしたことのない、あまりにも下手に出てる絆の姿。
男はまだ俺に何か言いたげだったけど、縋りつくような絆に、舌打ちを残して家の中に消えて行った。
…な…んだ?
新聞配達を終えた人が家路につこうかって時間に家の前で待ってるなんて、ただ事じゃない。
キヨスミって言ったよな?
確か随分前に、絆からその名を聞いたことがあった。
中学のときか?
しょっちゅう話の中に出てきた絆の憧れの先輩。
最近めっきりその名前を聞かなくなってたけど、その当時は「カッコイイ」「爽やか」「憧れる」「尊敬する」って連呼してて、すげえイラついたから覚えてる。
これまた「清澄」なんて、名は体を表すような、なんてイヤミな奴だと、そう、認知してた。
その、キヨスミ、なんだよな?
うーん。
さっきのあの男は確かにカチッとした感じの、中高一貫の進学校生って感じではあった。
あった……が。
爽やか?
そんな要素あったか?
清く澄んでるどころか、あれ、濁ってるだろ。
いや、先輩……ほんと、何なの?
あんな困ったような、怯えたような姿見せられて、ほっとけねえんだけど。
両親の離婚後、学校のこともあって、絆はオヤジさんの元に残った。
で、そのオヤジさんはバーを経営してて、週末は家に帰らない。
だから、今、あの家は絆と先輩の二人っきりなわけで……。
殴られててもシャレにならんよな。
そう思って鳴らしたインターホン。
何回鳴らしてもなかなか返事がないからちょっと焦りだした頃、カチャリと細く開いたドアから覗いた絆には、さっき感じた強張りなんてまるっきり無くなってて。
「マジで大丈夫だから、帰って」
って声にも硬さはなくて──。
後々になって考えたら、まあ、そのまんまの話だったわけだけど、童貞を捨てたばっかりの高1の俺には、何度もピンポン押してやっと出てきた絆の目が妙にトロリと潤んでたり、頬を上気させてたとしても、アルコールが抜けきってないせいだとしか、思わなかったんだ。
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