またたび効果

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またたび効果

「あっ…っつ」  短い呻きに振り向くと、絆がテーブルの横で両手を上げていた。  そこには、さっきまで台所のコンロの上で蒸気にさらされていた土鍋の蓋。  テーブルコンロがないから、他の奴らがマンションの近くまで来たって連絡を受け、キッチンからテーブルに移動させようと先においておいたものだ。 「土鍋の蓋を直に持つ奴がいるかっ」 「うー」  顔をしかめ、指を口にくわえる姿の可愛さに眩暈がしそうだ。  慌てて目を伏せて、絆をシンクへ押しやる。 「だって外して置いてあるから熱いとか思わなかった」 「ほら、早く冷やせよ」  情けない顔で立ってるだけの絆の手をとり、水道の下にやって水を流す。  白い指先。  赤くなった部分は、絆がくわえた場所。  ドキドキする。  無防備な後ろ姿。  少し頭を傾ければ、黒壇の髪に触れるほどの距離だ。  鼻腔をくすぐる、整髪料の香り。  うわ…近い。近いぞ。  いかん。  意識しちゃいかん。  何かアホなことを、何か言え、絆。  「…ぁ…つめ、た…」 「どあほうっ!」  お前が誘ってどうするっ!! 「はあ?酷くない?」  酷いのはおまえだ、ちくしょう!惑わせやがって!  封印したつもりの感情は簡単にその姿を表すから参る。  もう、ガチで陰陽師とか、探した方がいいかな? 「土鍋が土鍋である以上、それは敷きもんじゃなくて蓋だよっ。で、さっきまでちゃんとその役割を全うしてたの。絆だって見てたろ? お前、ほんとに一人暮らしとかできんの?」  気持ちを切り替えるように、一気に言い切った。 「は?できるし。今までだってそんなもんだった」  親父さんの再婚を認める条件にと一人暮らしを望み、絆はこの1LDKのマンションを与えられたんだけど、ここはコンビニも飲食店も遠いから、冷凍庫は大きい方がいいかもしれない。 「けど、たまには作んないと。出来合いもんばっかじゃダメだぞ?」 「頼んだぞ、山登」 「ふざけんなよ」  笑って交わす言葉が、俺をフワフワさせる。  踏み込めないけど遠くはない距離感。  まあ、悪くないけど、白い項に口づけたくなるのは、必然だ。  くそっ。  この項には、またたびみたいな効果があんのか!?
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