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知らないカオ
「もしもし?」
「山登……今朝は、ごめん」
昼前になって絆から電話がきた。
朝、玄関口で追い返されてスゴスゴと家に帰ったものの、なかなか眠りにつけなくて、それでもやっと意識が曖昧になりかけた、そんな時の電話だった。
「あの先輩となんか揉めてんの?」
「なんも。ちょっとした行き違いがあっただけ。大丈夫」
まあ確かに寝起きなんか掠れ気味ではあったけど、その声には、焦燥感なんて微塵も感じられなかった。
そんな様子にちょっと拍子抜けして、心配がなくなった分、残された、寝つけなかったことへの苛立ちが存在をアピールしはじめた。
「ふーん……」
「あ、のさ、それで、ちょっと、俺さ、しばらくバンドの練習いけないわ」
「は?」
そこへきていきなり告げられた、想像もしてなかった言葉。
「テスト? あるの忘れてて…」
そんなこと一言も言ってなかったのに。
「しばらくって? テストいつよ?」
「何個かあんだよ。そんでな? あれ、キョウの弟の話、受けたらどうかと思って…」
「何、突然」
「俺しばらく音合わせんの無理っぽいから、俺の変わりに」
新しいメンバーを入れて代役をさせるほど離れるってこと?
「なんで? 練習なんて週末だけだし、夕べだって遊び倒したじゃねーかよ」
それで俺は初めてあった女に童貞捧げたんだぞっ!
「これからは……真面目に、やるんだよ」
何だよ、歯切れの悪いっ。
それに、いきなりそんなことを言われて、うん、いいよ、なんて納得できるか。
「何で急にっ?」
昨日は普通に、次どこのライブに参加するかなんて話をしてたのに、んなもん、どう考えても、あの先輩とやらが噛んでるだろ。
いつも偉そうな絆が、縋ってた、男。
あの時の、あいつの前での絆は、俺の知らない奴だった。
あんな姿。
俺は見たくなかった。
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