214人が本棚に入れています
本棚に追加
/216ページ
一番という距離
「もしもし? 今からそっち行っていい? 家までの最終なくて」
「あれ? ユナは?」
「帰ったよ」
「へえ……。泊まってくのかと思ったのに」
コールして即出たわりに、まったりとした声。
ひょっとしたら、最近気に入ってるらしいワインでも飲んでるのかもしれない。
「あー。捨てられたんだわ。……ん? もしもーし?」
一瞬の間。
寝たのかと思って大きく呼びかけたら、すぐに声が返ってきた。
「あ? ああ…いや。結構、ハマってるみたいだったから、そのまま、付き合うとかかなって思ってたから」
「まだ一人に絞るとか、ないわ」
「そ……か」
俺に特定の女ができそうになる度、寂しそうにする顔が見たくて。
別れたって聞いて安心するのを見たくて、わざわざそういう素振りを見せる。
絆が寂しそうにするのは、ただ、取り残されたくないっていう仲間意識なんだって解ってても、やっぱり嬉しいから。
「今さぁ。テレビ見てたらすっげ可愛い赤ちゃん出てきてさ。寝そうで寝ない子。あれやばいね。ずっと見とけそう」
「おまえ、子供嫌いじゃなかったっけ?」
「うるさいクソガキはね。赤ちゃんは……可愛いよ。ああ。生まれたんだ、妹」
「マジか。めでたいじゃないか。もう、顔見にいった?」
「今日……行こうと思ってた」
「行かなかったんかよ」
「ん。一人で行くの……やだったから」
じゃあ、俺を誘えばいいだろうって言いかけて、気がついた。
昼前にかかってきた電話は、その誘いだったんだ。
今日はヒマかと聞かれて、ユナと遊びにいくと言った俺に、絆は急ぐ話じゃないからいいと電話を切った。
「今から……は、さすがに無理か。明日の講義は? おまえ朝ある?」
「ん。ある」
「じゃあ、夕方行こう。バイトまで時間あるから」
「いいよ、もう。家帰ってからでも、問題ないだろ。山登の時間あるときで」
「なくないだろ。おまえ、兄貴なんだぞ? わかってる?」
詰問口調でいいながらも、ほんとは嬉しいんだ。
絆が、肝心な出来事に俺以外と一緒にいくチョイスをしないことが、嬉しくて、たまらない。
存在を望まれてることを感じるたびに、苦悩の日々が報われる気がするんだ。
絆の一番は、俺。
そうして、心の封印のお札を張り替える。
最初のコメントを投稿しよう!