一番という距離

1/1

214人が本棚に入れています
本棚に追加
/216ページ

一番という距離

「もしもし? 今からそっち行っていい? 家までの最終なくて」 「あれ? ユナは?」 「帰ったよ」 「へえ……。泊まってくのかと思ったのに」  コールして即出たわりに、まったりとした声。  ひょっとしたら、最近気に入ってるらしいワインでも飲んでるのかもしれない。 「あー。捨てられたんだわ。……ん? もしもーし?」  一瞬の間。  寝たのかと思って大きく呼びかけたら、すぐに声が返ってきた。 「あ? ああ…いや。結構、ハマってるみたいだったから、そのまま、付き合うとかかなって思ってたから」 「まだ一人に絞るとか、ないわ」 「そ……か」  俺に特定の女ができそうになる度、寂しそうにする顔が見たくて。  別れたって聞いて安心するのを見たくて、わざわざそういう素振りを見せる。  絆が寂しそうにするのは、ただ、取り残されたくないっていう仲間意識なんだって解ってても、やっぱり嬉しいから。 「今さぁ。テレビ見てたらすっげ可愛い赤ちゃん出てきてさ。寝そうで寝ない子。あれやばいね。ずっと見とけそう」 「おまえ、子供嫌いじゃなかったっけ?」 「うるさいクソガキはね。赤ちゃんは……可愛いよ。ああ。生まれたんだ、妹」 「マジか。めでたいじゃないか。もう、顔見にいった?」 「今日……行こうと思ってた」 「行かなかったんかよ」 「ん。一人で行くの……やだったから」  じゃあ、俺を誘えばいいだろうって言いかけて、気がついた。  昼前にかかってきた電話は、その誘いだったんだ。  今日はヒマかと聞かれて、ユナと遊びにいくと言った俺に、絆は急ぐ話じゃないからいいと電話を切った。 「今から……は、さすがに無理か。明日の講義は? おまえ朝ある?」 「ん。ある」 「じゃあ、夕方行こう。バイトまで時間あるから」 「いいよ、もう。家帰ってからでも、問題ないだろ。山登の時間あるときで」 「なくないだろ。おまえ、兄貴なんだぞ? わかってる?」  詰問口調でいいながらも、ほんとは嬉しいんだ。  絆が、肝心な出来事に俺以外と一緒にいくチョイスをしないことが、嬉しくて、たまらない。  存在を望まれてることを感じるたびに、苦悩の日々が報われる気がするんだ。  絆の一番は、俺。  そうして、心の封印のお札を張り替える。
/216ページ

最初のコメントを投稿しよう!

214人が本棚に入れています
本棚に追加