すれ違いはあれど

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すれ違いはあれど

「佃外山ぁー!」  きゃっきゃと笑いながら片道5時間はかかるだろう行き先を口にし、俺の腕を引き剥がそうとする絆。  酔っ払いのあまりの無邪気さに、ほんと犯してやろうかなんて思ったりもするけど、どうよ。  「遠っ」 「だから泊まりで! 宿泊券付きのチケット親父にもらった。つかまだ8時だしっ! 山登寝るの早すぎだろ。幼稚園児かっ!」  幼稚園児なら今腕の中にある体を撫で回して、舐めまわして、半ダチのモノを擦り付けたいとか突っ込みたいとか、そんな欲望に振り回されないですむんだよっ。 「昨日実験室泊まり込みで、おまえが呑気にバーベキューなんて行って酒飲んでる間もレポートやって、さっき終わったとこなのっ! だから寝てないのっ!! また明日も学校なのっ!!!」  そうだとも。  絆が、移り香が残るくらい野郎に密着して楽しんでた間にだっ!!  ちくしょ───!  俺にもイチャイチャさせろっ!!  そう思って項に鼻頭を擦りつけたら、俺の鼻にまで香水が移った気がして、己の頭をかきむしった。 「あああああーーーっ! もうっ!!!」 「耳元でうるさいっ!!!」  自由になった絆が体を起こし、上から俺をのぞきこむ。 「なあ? フェス、行くよな? バイトも、実験も、なしな?」  頼りない、小さな子供のような表情を見せるのに、ああ、しばらく構ってやってなかったなぁと思い至った。  3年になってキャンパスが変わってしまった絆とは、会う為にはまた以前のように申し合わせが必要になった。  授業もお互い忙しくなり、とくに俺は3年の研究室入りを少しでも有利にするため、学校に泊まり込むことも多くなり、加えて車を買うためにバイトを増やしたもんだから、メールとかラインとか電話でのやりとりはあったものの、直接顔を合わせるのは久々なんだ。 「実験はとりあえず昨日で一段落だから、問題はバイトだなぁ。いつある?」 「夏休み入ってすぐ」 「ああ。じゃあ、シフト、まだ調整きくわ」 「よし! 絶対だぞ!」  破顔する絆の頬を包んでキスできたら、俺はかなり幸せなんだけどなぁ。  まあ、その笑顔で我慢してやるわ。
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