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冬の野外ライブ
「ひいやー、寒い寒い」
「冬になんで野外ライブなんだ」
「手袋してダルマのお前が言うなよ、山登」
「そうだぞ! 俺ら素手なんだからなっ」
「あー、指痛ぇっ」
一番手だった自分たちの出番を終え、会場横のドラム缶にくべた火に駆け寄り暖を取る。
「お疲れ~! 好きなの選んでー。俺取るから」
イベントを主催した貸しスタジオの社長が示した石油ストーブ上のでっかい鍋の中には、ココアだのコーヒーだのお汁粉だのの缶が湯に浸されていた。
「あ、俺コーンスープ」
「ねーよ」
「俺、おしるこ」
「ねーよ」
「僕、ホットハチミツれもん」
「ねーよっ!見りゃわかんだろがっ!」
まあ、この辺は鉄板ネタだ。
「えー、じゃあしゃあなしアイちゃんのおっぱいで暖めてくれたミルクでいいよ。あー、なんなら直飲みでいっか」
「はっはっはっ! 人の娘捕まえてセクハラとは、なかなかいい度胸してんじゃねえか。生憎まだ乳は出ねえよっ!」
「アッチっ」
「何すんだハゲっ! 僕何も言ってないのにっ」
ベースのカズのセクハラに社長が鍋の中の湯の玉を飛ばし、巻き添えくったドラムの樋口が罵る、ってのも、まあ、ありがちな光景。
違うのは──。
いつもベタ甘なぺ○ちゃん柄の赤い缶飲料を飲んでたギターが、いないこと。
一つ季節が変わっても、あいつは戻ってこなかった。
「おとーと君それもしかしてブラック?」
「は? ブラックコーヒー? 生意気だな、おい」
お子様味覚のあいつとはえらい違いだ。
「ひゃー、大人っ。僕未だに砂糖と牛乳入れないと無理だぁ」
「つか、おとーと君、今日初めての割に全然キンチョーしてなかったことね?」
確かに。
背高いし見た目から雰囲気までが大人っぽいから、まだ中学生だって紹介したら会場が騒然となったもんな。
メンバーが変わってることに前ギターの一部のファンの女がブーブー言ってたが、そんなアウェイ気味な状況にも怯むことなく、ミスなく三曲やり遂げた。
「山登なんか歌詞間違えたのにな」
「へいへい。そーすね」
むくれたフリしてココアを飲む俺に、おとーと君は特に手入れをしてるわけでもないのに形のいい眉をしかめた。
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