今更の現実

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今更の現実

 電話ってのは相手が飯食ってようが、ウンコしてようが、セックスしてようが、わからないシステムになってる。  だから俺の真横でスマホが注意喚起をしてたとして、それをガン無視したところで、かけてきた側にはわからないわけだ。   なのに。  出たくなくてたまらないのに。  勝手に手が動くのは、耳を澄ますのは、なんでだろうな。 「もしもし?」  愛しくて、憎らしい声が流れるのと一緒に、あのメンズの香水の匂いまで流れてきたみたいな錯覚に、手の平で顔面を撫でおろす。 「山登、今どこ? バイト終わった?」 「うん。終わって……家」 「嘘ばっか。さっき家いったけど居なかったし。ああ、女の家って?」 「ふふん。今俺はね、成人の醍醐味を味わってるんだよ。免許書最高。神の身分証明書だわ。紙だけに?……ん? 免許書って紙だっけ?」 「飲んでんの?」 「飲んでるよ。補導に怯えることもなく堂々と一人で飲めるようになったのに、飲みに出ない手はないだろうよ」 「嘘つけ。怯えたことなんてないだろ」 「あるよ。ずーっと怯えっぱなし。震える子犬だよ、俺は。……ん? 子犬は俺じゃねえな。あはは」  迪也はあんなに俺を癒してくれるのに、ほんと、こいつは何だ。  声だけで俺の心臓の鼓動を操作するなんて。  「一人で飲んでんなら、俺、行く?」 「はあ? 一人で飲んでるなんて誰が言ったんだよ。酒池肉林。ハーレムだし。来んなよ」  今日会ったりしたら。  俺は絶対、ロクなことしない。 「つか、何か用あったんじゃねえの? 家来るほど急ぎのなんか? その割に悠長だな」 「ああ……」  会いたい。  会いたくない。  会いたい。  会いたくない。 「花占いって、意味あると思う?」 「はあ? 山登……大丈夫かよ。幻覚見えてねえ?」 「うーん……幻臭はするかなぁ」  最低最悪のやつだ。  あんなもん。  なんであいつなんだよ。  つかあいつ、どこのどいつだよ。  なんもわかんないまま、あいつは席立ったけどさ。  わかったからってどうにもならないから引きとめてまでは聞かなかったけど。  なんて。  嘘。認める。体が動かなかっただけ。 「なあ、今日さ、そっちのキャンパスに、眼鏡かけた薬の院生、行った?」  なんとまあ。  正体わかったじゃないか。  薬の院生だと。  絆の口から窺うようにもたらされた情報。  俺にあけっぴろげに情報を開示したあいつは、絆に何と言ったんだろう。  俺はなんて応えるべきなのか、いいテキストがあれば是非教えてもらいたいもんだ。  や。もう手遅れ?  絆は、俺が知ってることを、知ってるんだろう。  だってあの下種の眼鏡が、俺と会ったことを黙ってるとは思えないだろ?  なら探らくてもいいように、俺が……潤滑剤の言葉をやるよ。  ローションで濡らすみたいにさ。 「おまえのセフレの眼鏡なら来たぞ」  静寂。  とたん俺に押し寄せるのは、後悔の波。  けど、言うんじゃなかったって思いを、グラスの中身ごと腹に押し込めた。 「おまえ、オトコの趣味悪すぎだろ」  電話ってのは。  相手が飯食ってようが、ウンコしてようが、セックスしてようが、わからないシステムになってる。  だから俺も、絆の表情はわからない。  お互い様か。 「……らねーだろ?」  冒頭の言葉は聞き取れなかったけど、続いた言葉に、絆が男のセフレの存在を認めたってのは、理解できた。 「ディルドに必要なのは、品格じゃなくて性能だろ」 「おまえねえ……」  オトコとセックスしてる。  要はそういう事実を絆の口から聞いたのは初めてで、なんか妙にアルコールが回った気がした。  そんなん知ってたし、今さらだから、息が苦しいのはアルコール誘発喘息かな?  あっさり言い切った内容にちょっと喜びを見出してるんだから。 「性能のいいのが留学するんじゃ、さみしくなるな」 「ああ。スペアあるから、問題ない」  それも。想定内。  それくらいの傷じゃあ、致命傷には、ならない。  俺も大人になったもんだ。 「ふふん。せっかく俺が代わりになってやろうかって言おうとしたのに。いい仕事するぞ?」  だからこんなセリフだって、吐けるようになった。  酔ってるから?  そうかも。 「……酒池肉林なんだろ? 働いてやれよ」  やんわりとした拒否も、笑って受け入れられる。  電話ってのは。  絆の表情を、俺に見せないから。  だから。  失恋する、チャンスかも、しれない。  俺の気持ちを押し付けることによって絆がどんな表情してても。  俺には、わからない。  どんなに傷ついても。  わからないのは、ないのと、同じ。 「なあ、ヤらせてよ」  よりによって、なんて最低なセリフだろう。  ほんと、俺に似合ってる。
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