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変えたい関係、変えたくない距離
「エッチしよーよ………レナ」
俺は結局───逃げた。
逃げて、そして長年の呪縛から逃れるチャンスを、逃した。
絆のため。
絆が傷つくのを見たくない。
でもそんなのは大義面分で。
本当は俺が傷つきたくないんだ。
完全に拒否られて、避けられることを、俺が、恐れてる。
一番の存在じゃなくなることを、何より、恐れてる。
絆の全てを失うことを思ったら。
絆が他のオトコに抱かれてるって事実なんて、大した話でも………。
錆びたナイフで、ぐちゃぐちゃにかき回されてるみたいな心。
「……は?」
「そっけないなぁ……。今から行っていい? 俺さぁ。希望の研究室入れなかったんだよねぇ。凹んでるんだ。慰めてよ。ああ、それかレナ迎えに来て?」
絆が性に奔放なのは前からだし、それがオトコになったからってなんだ。
高校の時ほどじゃないにしろ、俺だって未だにそれなりの女の子らと関係を持ってる。
変わらない。
俺たちの関係は嫌味なほど変わってない。
これからも?
本当に?
俺は結局。
どうしたい?
「おい、山登?」
「ん? あれ? レナじゃない」
「おまえどんだけ酔ってんの?」
酔ってねえし。
や。酔ってる。けど、流石にお前を間違える程は飲んでない。
「あ、絆か。そうだそうだ。夢見てたかな? あはは」
酒は便利だ。
ああ。見えない電話ってシステムも忘れちゃいない。
「山登、迎えに行こうか?」
「あら優しい。けど、遠慮しとくわぁ。今めちゃエッチな気分だからさぁ。絆ちゃん襲っちゃうかも」
変えたい関係。
でも、変えたくない距離。
「………部類の女好きが、何言ってんだ」
声に連動して浮かぶ絆の表情。
困ったような、痛いような、悲しいような。
確信するよ。
例の、あの、表情だ。
くそ。
電話の構造が意味ないってどういう了見だ。
「だよなぁ。さすがに男じゃ勃たねぇわ」
嘘。
大嘘。
俺はずっと、妄想でお前を組み敷いてる。
「つまんないこと言ってないで、場所言えよ。迎えに行ってやるから」
「ええー、絆の運転とか棺桶だろ。ほら、俺定年後『女護が島』探しにいかないといけないからさぁ。まだ死にたくないし。遠慮しとくぅ」
「なに? なに探すって?」
「知らねえ? 俺の尊敬する世之介さんを? あーあ、これだから理系は」
「理学のお前が言うか?」
耳から注がれて、アルコールで緩んだ体に染み込む、聞きなれた絆の声。
聴きたくない。
だって。
ずっと聴いてたくなるから。
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