代打の少年の視線の先は

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代打の少年の視線の先は

「いや。でも、俺が弾けなくて曲換えてもらったからだし」  確かにギターが急場凌ぎだったから、今回のライブは普段はやらない比較的演奏の簡単な曲に変更した。  けど、楽器を断念した俺を含め、ギターを除く俺らには特にバンドへの思い入れもそこまでないから、手綱を引く奴がいなくなればグダグダもグダグダ。演奏簡単な曲の方が練習しなくていいし、その分女と遊べてラッキーくらいの感覚だったりする。   でも、おとーと君は「自分の未熟さ」とやらを結構気にしてて、逆にこっちが申し訳ないくらいだ。  そんでもって、そんな殊勝なことを口にするのがあの、”我が道を行く”陣名響の弟ってんだから、いかにも複雑な家庭環境っての伝わってくるよな。  「いやいや。おかげさんで可愛いギャルと今日の夕方合コン決定したし。あ、おとーと君、絶対参加だから」  カズの言葉に缶咥えて目を見開くおとーと君の肩に、ぶらさがるみたいにして樋口が腕を回した。 「あ、ちゃんと、門限加味してあるから。いやあ、おとーと様様だわぁ」 「ザ、男前! だからな。女が釣れる釣れる」 「絆もいい餌だったけど、あいつ綺麗系だったから」 「女より綺麗だと、やっぱ、女も引くからなぁ」  未だに普通に会話にのぼるあいつ。  こいつらは、あいつに対して何のひっかかりもないらしい。  テストだから、練習来れない。ライブ出れない。あ、そう。じゃ、しょうがねーな。そんなもんだ。  だから、連絡も普通に取ってる。  らしい。  じゃ、俺は、なんなんだ。  そうとも。  他の奴がそんな態度だと、俺がやたら心の狭い、気の小さいやつみたいじゃないか。  けど、向こうが連絡してこないのに、こっちからなんて、できねえだろっ?  そもそも悪いのはあいつでっ……。  あれ?  結局俺は、どこに腹立ててんだっけ? 「いや、それにしても、おとーと君、ほんとイケメンだよね。何食ったらそんな男前になれんの?」 「ちょっとカズの奥様っ、宅の僕ちゃまをイケメン、なんて浮ついた言葉で表すのは止めてほしいざます」 「あーら、ごめん遊ばせ」  まあ確かに? 樋口の奥様のいうとおり、おとーと君のは、イケメンなんて言葉じゃ軽い気がするくらいの男前だな。  あれか。舶来モノ! って感じの高級感がある。  泰然とした空気のせいもあるかもしれないが、これで中学生ってのが末恐ろしいよな。  俺だって別にそんな酷くない容姿してるつもりだし、学校じゃあそれなりにモテ男キャラなんだけどさあ……?  はは。虚し。  やあ、まあ、確かにな。  ヨーロッパの陶磁器みたいな、気品あふれる、でも、ちょっと冷たさそうな顔が、だよ?  今みたいに不意打ちで、黄金色の暖かい紅茶に満たされたみたいな笑顔見せたら…なぁ。 「あっ」  そうそう。この、いい香りがしそうな笑顔は……って、ん? どこ見てんの?   急に表情を華やいだものに変えたおとーと君の視線の先。  そこを見やって、俺はフリーズする。  そこにいたのは、紛れもなく、あいつだった──。
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