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好きになってごめん
ハンドルを握る絆の横顔。
相も変わらず透明感のある肌が対向車のライトで艶めかしく浮かび上がり、柔らかく波うつ黒髪が沿う、匂い立つような首筋に吸い寄せられそうになって目を逸らした。
君に酔わされる。
果てしなくクサいセリフだけど、はは……慣用句でもなんでもないとこがアレだわな。
男に嫉妬して自棄酒とか。
どうなの、ほんと。
女の子と遊ばなくなったけど、スペアのオトコはいるってことは、まあ、そういうことだ。
オトコとするセックスの方が、絆はイイ、ってこと。
世の中ってのは、男が男を好きになっても性的な壁が立ちふさがって想いを果たせないってのが大半だろう。
一般的にいって、男が惚れた女に振り向いてもらう可能性の方が、惚れた男に振り向いてもらうより可能性高いだろうと思う。
まあマイノリティの恋愛事情は詳しくはわからんけど、通常はその認識であってるはずだ。
要は、普通は男同士ってのでアウトだろうから、だから好きな男がオトコとの関係を否定する奴じゃないなんてのは、かなりの好材料なんだ。
それなのに。
大事なアナタだから、ずっと清いままのお友達でいましょうね的な、まさかの障害。
ほんとにダメなわけ?
案外押したらイケんじゃないの?
だって、キスしたとき、まんざらでもなかったろ?
絆の体を自由にする。
ははは。
鼻血もんだ。
俺が欲しいのは、なんだ?
心か?体か?
両方だ、バカ。
とりあえず寄越せ。
とりあえずでいいから。
とりあえずヤらせろ……って、とりあえず酔ってるな、俺。
うん。酔ってるわ、俺。
バーじゃあんなに酔えなかったのに、元凶が横にいたら、急に酔いが回ってきた。
酒が、全身に……まわって…。
いや、これは、酒…か?
「絆ぁ」
「だから、気が散るから話かけるなって何回言ったらわかんの!?」
ああそうだ。
なんで無言だったかって言えば、夜道に運転するのに慣れてないから運転に集中させろって言われてたんだっけ。
「いや、けどさ、急発進急ハンドルって昼だろうが夜だろうが関係なくないか?」
夜だから交通量が少なくてスムーズに進みはするんだけど、信号待ちの度に慣性の法則って言葉が浮かんだ。
「うるさいな。山登のせいなんだから黙ってろよ」
イライラと、それでもハンドルを盾の如く握りしめて真摯に前を見つめる姿。
確かに。
そんな決死の思いで俺を探し、迎えに来てくれたんだ。
嬉しくないわけがない。
「けど、吐きそう……」
「はあ!? ちょっと、止めてくれよな!?」
「自分の意識で止められる嘔吐なんてあんの?」
「あるよ! 今まさに山登が実行してるっ」
「……無理?」
「無理じゃないっ! ちょ、車寄せるから、耐えろっ!」
慌ててハンドルをきられて、一層頭がぐらつく。
「……ぐふっ」
「山登!?」
「……うっそ」
一番大事だと、そう思ってくれてるなら。
それ以上望むことなんて、ないんだ。
ほんとは。
今まで何回も何回も繰り返し思ってきたこと。
「はあ!?」
「…へへ……けど…まじで、気分は悪い。自販機…水かなんか…買って?」
「待ってろよ。そこにあるから!」
けど、ほんとのほんとは、一々思い煩うことが、違ってる。
俺が、悪いんだ。
不安定で、あきらめの悪い俺が。
「絆ぁ」
「何!?」
ドアを開けて車を降りようとした絆の服の裾を、かろうじて指に絡ませた。
「……ごめんな」
「いいよ。別に。窓開けて寝てろ」
布の感触が指の中を擦り抜ける。
代わりに、夜風が俺の火照った頬を少しだけ冷ましてくれた。
小走りに離れていく足音を聴きながら目を閉じる。
「……好きになって……ごめん」
俺はいつまで絆の望む俺で、いられるかな───。
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