新しい恋は

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新しい恋は

「はぁぁぁ」  確信を持ってついた溜息。 「大丈夫ですか?」  なんで?  そりゃもう、この子犬に擦り寄られる感覚を味わいたいからだ。 「じゃない。迪也慰めてぇー」 「……え…あ…よしよし…」  大げさに目元を腕で覆って嘆く俺の腕を、かなり遠慮がちな手でトントンと叩く迪也に、それはそれは心の中がほんわりとなる。 「ううっ。こんな癒しをくれるのは迪也だけだっ」  俺が付き合う女の子たちに癒してもらうとなると、やっぱり肉体労働でお返ししないといけない気がして、そうなると今の俺は高校の時ほどガッつけないから精力的な意味でキツくて。 「はぁぁ」  バイト先での夜の部が始まる前の恒例の準備。  この迪也とのひと時が楽しみになってるほど、近頃俺はささくれてた。  ここに来る途中、手をつないだカップルが前を歩くのを割って通り抜けたいと思うほど、だ。  俺の片想いなんて今さらで。  オトコの影も今さらで。  なのにこみ上げる嫉妬心は、新鮮で。  恋心は、霞みもしない。 「なあ迪也ー」  拭きあげたカウンターの上に突っ伏して哀れを誘うような視線を向ければ、迪也がワタワタするのにまた和む。  「はい?」 「失恋したことある?」 「したことしかないですよ」 「……そか……うらやましい」  思わず漏れた声に、窺うように迪也が俺を覗き込んだときだった。 「おーい。イイ感じにサボってると思ったら何ふざけたこと言ってんだ、この野郎!」  カウンターの向こうから納品伝票の束で店長に頭を叩かれた。 「失恋したのかと思って気遣ってやってたのによぉっ。言うにことかいて羨ましいって何だ、おい! いつでも変わってやるぞ!?」 「くくく。店長また拒否られたんだと」 「……須賀さん……言い方……」  笑いながら現れた須賀さんに店長は腕組をしてフンと鼻を鳴らした。 「うるさいっ。もう過去だ、過去!! 失恋は新しい恋への布石なんだよっ! そして新しい恋は過去の痛みを忘れさせてくれるんだっ」  拒否られて。  諦められる。  それが俺には羨ましいんだよ。  叶わない願いは日々募るだけで、どんなに強く求めても、どれだけ待っても、いつ消せるかなんて答えもなくて。  心を削られる度、絆への行き場のない気持ちを思い知らされる。  新しい恋はどっかに落ちてる?  それを拾ってこの苦痛から解放されるなら、這ってでも探したいんだけど。 「今年のクリスマスこそは彼女とデートするんだっ」 「いや、店長。クリスマス仕事な」 「山登と迪也と来週から入る新人がフルで出るから。な?」 「いやいや」 「お前もたまには女のいないクリスマスを過ごしてみろっ!!」 「……ああ…山登、クリスマスは女といない主義なんだよな?」 「は?」 「愛は平等に。クリスマス、バレンタイン、盆、正月は、関係してる子らに操たててんだとさ」 「はあああ!?」 「だって、俺、みんな好きだから一人とか選べないもん」  絆も同じ理由から、イベント毎には二人で居ることが多かった。  一緒に女の子をナンパしたり。   一緒にライブに行ったり。    俺はそれが、俺を哀れに思った神様のプレゼントだと真剣に思ってる。 「あ、ちょ!! もーお、店長とか須賀さんと話するたびに迪也が遠くなるんだけど!?」 「迪也。山登に寄るなよ。あいつは悪魔だ」 「まあけど迪也は真面目すぎるとこあるからな。山登にちょっと遊び方教わったらどうだ? もうそろそろ彼女の1人も欲しいだろ」 「はあ!? ダメダメ。穢れる! 迪也は可愛く清らかなまま後5年は童貞でいなきゃっ!」   真っ赤な顔になった迪也が、カウンター越しに店長にハグされて、ぎゃあと悲鳴をあげて身を捩る。  まあ……確かに。  女の子にのしかかってるよりは、男に組み敷かれてる方がしっくりくるわ。 「迪也。俺の友達の兄貴が弁護士なんだ。店長を訴えるなら紹介するぞ」 「そうしてもらおうかな?」  満面の笑顔をみせる迪也に店長が目を向いた。 「わーっ! もう山登に毒されてるっ!! 悪魔に魅入られてるっ! ちょ、須賀さん、オーメン呼ばないとっ」 「いやいや店長。オーメン呼んじゃだめだろ。呼ぶのはエクソシスト」 「いや、用ないのはどっちも同じレベルだから」  ここのバイトを高校からずっと続けてこれたのは店長に拠るとこが大きい。  ただ騒がしくてウザいだけの人だと思ってたけど、……まあ今もあんま変わらないけど、基本的には男気があってイイ男だと思うんだ。  うん。店長を拒否る女の子は、見る目ないなってチラッとは思える程度に。早く、理解のある彼女がみつかるといいのに、と思える程度に。  ───新しい恋は過去の痛みを忘れさせてくれる。    店長の言葉が渦巻いた。  俺が絆を忘れるの?  この強い感情を、別の誰かに向けれるの?  俺はちゃんと絆が望む、心の友になれるの?  ───新しい恋。  落ちてないなら。  それはいつか突然、俺の元に降ってくれるんだろうか?
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