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シュガーレス
「姉ちゃん、土曜車貸してくんねぇ?」
「えー、嫌よ。どうせデートでしょ? 私にこない幸せを弟が掴んでるとか、許せない」
「バイト先の高校生が海洋学科の推薦通ったから、ドルフィンセンター連れてくんだ。合コンセッティングしてやるからさぁ。貸して?」
「はあ!? 何でそんな上からモノ言うわけ!?」
「お食事会を催させていただきますから、何卒」
「ガソリン満タンにして返しなさいよ?」
「オイル交換もさせていただきます!」
「日曜にはちゃんと返してよね」
「え。予定もないのに?」
「あるわよっ!! オトコだけが外出の理由じゃないでしょうがっ!」
目を吊り上げる姉ちゃんが不憫であるとともに。
まあまあ容姿の整った女であるところの姉ちゃんがオトコ日照りに喘いでる中、相手なんてどっから見つけてくるのかしらないけど複数のオトコに喘がされてる絆。
「世の中うまくいかないなぁ、姉ちゃん」
「はあ?」
「まあ、南極にも春は来るから」
「万年氷の春なんていらないのよっ」
「贅沢言ってるから行き遅れるんだよ」
「はあ? 遅れてませんからっ!」
「フラグ? 25日過ぎたケーキは半額ってのがセオリーだからなぁ。としたら姉ちゃんもう8割引きだもんなぁ」
「車なんて絶対貸さないっ!」
「あ、嘘! 女は30過ぎてからだからっ! じゃ、土曜よろしくっ!!」
いやあ、怖い怖い。
全然男ッ気もなく年をとってく姉と、たった一人の、しかも男が諦められずに思い続ける弟の、どっちが親不孝なのか。
ちょっと考えて、すぐ止めた。
空しすぎる。
道が混んでて、待ち合わせのコンビニにたどり着いたときはもう約束の時間を過ぎてた。
今日は風が冷たいから当然中にあると思った小さな影を外に見つけて、慌てて車を降りて駆け寄る。
「おまたせっ! 中で待ってりゃ良かったのに」
クシャリと笑み崩れる迪也。
人の心を幸せにするような笑顔が自分だけに向けられるのは、なんか得した気分だな。
目をキラキラさせて若干興奮気味に迪也の姿に、ライブ前のテンションを思い出した。
だから口を開けたとき、てっきりイルカ触れるの超楽しみですっとかいうのかと思ったんだよ。
それが。
「初めて山登さんを見たとき、モデルさんかかなんかかと思った」
前置きなしのいきなりの言葉に、照れるよりも苦笑が先に出た。
「はは。そりゃどうも。現実見て呆れたろ?」
迪也はプルプルと、濡れた毛から水をはじくみたいに頭を振る。
「今も、モデルさんかと思った!」
なんとも。
真っ直ぐキラキラ黒目に見つめられたら、今度こそ照れたわ。
照れ隠しに摘んだ迪也の頬は随分冷えていた。
「うーわ冷た。雪見大福になってるし」
「あのっ、今日はホントにありがとうございますっ!」
約束した後でドルフィンセンターのサイトを見てみたら、大きな生け簀がメインの施設で、いわゆる吹きさらし状態。寒さを想像したら心が折れそうになったけど迪也の為だと腹を括った。
「なんか飲みもん買ってこう」
コンビニに入ったとたん目に入ったのはアイスケース。
「アイス食う?」
もう、癖みたいなもんだ。
つい迪也を振り返って聞いてみれば、笑って横を首に振った。
「寒いです」
「ま、そりゃそうだ」
絆が四季を問わず食うもんだから、俺の感覚まで妙になってるよな。
そうしてミチヤが手にしたのはシュガーレスのホットカフェオレ。
それに寂しさを覚えてる自分はどうかしてると、小さく喉の奥で笑った。
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