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蚊帳の外
俺たちがいる場所は、まあいわばお粗末ながら関係者ブース。
頭の悪い会話を交わしてる間も、ステージ上では、実は別のバンドが演奏してるわけだ。
で、おとーとくんの目線があったのは、客席の端っこの方。木にもたれるみたいにして、ポツンと立ってるのは……。
「俺、挨拶してくるっ」
はい?
普段あまり表情豊かじゃないおとーと君が、全身から喜びを滲ませて、子鹿のように駆けていく。
それはまるで恋する少年のようだった。
それ見て、チリっと、胸か胃か、なんかそんな辺りがざわついたのは、なんだ、ろ。
「あれ? 絆? 来ないって言ってたのに」
「ありゃりゃ、嬉しそうにまあ、飛んでっちゃった」
「まあ、おとーと君、憧れの絆が居ると思ってうちに来たのに、絆来ないから、若干凹んでたもんなぁ」
え。そうなの?
「誰かさんが拗ねてるから、なんか空気悪かったしねー」
「そうそう。よし。俺も行ってこよっ」
「僕もっ」
カズと樋口は特に俺を誘うこともなく、おとーと君の後に続いて走っていってしまった。
まあ、誘われても、行かねえけど。
だって、向こうが、来るべきだろ。
つうか、なんだよ。
おとーと君とあいつ、とか。
二人で立ってるのなんて、似合いすぎてて……チリチリするわ。
足、早すぎだろ。
はよ。
鈍足二人、はよ、行け。
つか、何?
おとーと君とあいつって、そんな笑顔を交わし合うほど、面識あったのか?
蚊帳の外感マックスだわ。
あーっ、チリチリするっ!!
いいよ、俺は、今演奏中の、あれ、シャチホコバスター?なんか、そんな名前の奴らの曲に集中するから。
あいつらなんて無視無視。
ほら、いい音じゃん。シャチホコバスター? なんかそんなとこ。
ギターなんて先走りしてて……、ドラムのリズムキープは微妙で……ベースは……。
いや、ボーカルがな、いいんだよ、シャチホコバスターみたいなとこは。
そう。ボーカルが……。
ぎ───っ!!うるうせえわっ!!!
会場ちょっと引いてんじゃねえか……って思ったら、えええっ!ヘドバンしてノリノリの奴いるっ!!
え、案外人気?
え、俺の耳が、感性が、おかしいの?
え、そうなの? 基本俺がおかしいわけ?
え、俺だけが、うちのバンドのギターの不在に拘ってるのは、やっぱ俺の感性がおかしいから?
シャチホコバスターらしき奴らからもたらされた衝撃に振り回されていた俺のスマホが、ガクブル……いや、普通に、ラインがあがったことを知らせてくる。
それは、樋口があげたものだった。
”寒いから○コちゃん絆に持ってきてあげて! 俺らちょっと、打ち合わせ行ってきまするん”
はあ? いや、取りに来い。
そもそもなんだ、打ち合わせってっ!
思わず視線を向けたら、名残惜しいどころじゃないおとーと君を引きずるようにして、3人が何処かへ立ち去るとこだった。
残されたのは、よく通る風に体を竦めるあいつ。
知らねーし。
つか、野外のライブが寒いのなんて、承知の上で来てんだし。
シャチホコバスター、好きで見てんだったら、邪魔しても、アレだし。
そうだよ。
ヘドバンして暖まればいいんだし。
シャチホコバスターで。
……あれ? 結局シャチホコバスターだっけ?
パンフレット……ああ、ねえわ。
まあ、どうでもいいわ。
シャチホコでも、カマボコでも、コマネチでも。
あれ?
コマネチって何だっけ。
……くそっ。
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