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疑似行為
「ほんと、変な感じ」
シャワーから出た俺に視線を送り白い首を傾けると、サラサラとした茶髪が肩に流れた。
どっか外国の血が混ざってるのかもしれない。
今はもう瞳孔の拡散の見られない、コンタクトで変えてるのかと思ってた本物の灰色の瞳は、明るい髪色と、少しキツめに整った容貌によく映えていた。
「結構、高いのに。マジで来てくれるとか。嬉しいけど……やっぱ、変な感じ」
「何事も経験かと思って」
セックスに愛なんてない。
誰とだってできる行為で。
要は欲求を満たすための手段で、相手に意味なんてなくて。
本当に大事なのは心の、繋がりだって。
だから性欲を処理するだけなら、そんなんは金でだって買える程度のもんだ。
そう思いたかったから、そう思うつもりで、怒りとか、憔悴感とか、諦めとか、そんな感情のまま、もらってた名刺の番号に、傷つかない為、電話をかけてた。
「……なあに?女の子と遊ぶのも飽きたってこと?」
「まあ。そんなとこ、かな?だから───」
でも。
ほんとは。
少し。
似てたからだ。
華奢な体が。
綺麗な顔が。
抜けるように白い肌が。
たゆたう、色が。
だから。
拗らせた想いを吐きだすのに───
「───こういう形で再会したのは運命かなって」
夜の街でドラッグを売りさばいていた超美形プッシャーが警察にパクられたのは3年前。
今は薬じゃなくて、自分の体を売っていた。
「じゃー、もしかしてー、男相手は初めてだったり?」
「ん。初めてだったり」
「わお。じゃあー、サービスしなきゃあ。……キスしていい?」
抜けた薬の代わりに充填されたのか、回される腕の動きひとつにも妖艶な色気が滴る。
「してくれんの?」
医療少年院から出て少し前にまたこの街に戻ってきたというシュンのメニューには、キスもアナルも禁止の表記がついていたから、そう尋ねたんだけど。
「……ぅ……」
俺の質問に返されたのは、濃厚なキスだった。
多くの女の子を薬に沈めた舌が俺の唇を舐め、唾液を溢れさせて舌に絡みついてくる。
「……ふ……ん…」
滑らかな心地のいい感触は、少しずつ俺の雄を目覚めさせた。
粘着質な音を立てるキスの間にも、お互いのバスローブをはがしていく。
いくら華奢とはいえ女の子とは違う硬い体に、さっきマンションで抱きしめた絆を重ねる。
潤む瞳と、朱に染まる肌を。
抱いてるのは俺だ。
「あぁ……あ……きもちい……ああっ」
指を、舌を、その滑らかな肌に這わせてるのは、俺。
「……んぐ……ヤマトの…おっきい……」
赤い唇が、舌が奉仕するのは、俺の、熱。
「……はぁ……あっ…ん…ヤマト…ねえ、挿れて?……お願い」
懇願して呼ぶのは、俺の名前。
「禁止……じゃ…なかった?」
その細い腕を、脚を、絡ませるのは、俺の体。
「いい。ヤマトなら…いいよ。ヤマトの、欲しい。ねえ……お願い…挿れて……?」
目を潤ませ、息を乱れさせるのは───。
「……童貞なんだ。教えてよ」
泣きそうな表情で、脚を開かせたのは───。
「あ……もう…準備して…ある、から……それ…使って…」
ローションで濡らしたモノで、熱い息を吐かせたのは───。
組み敷いて、突き上げて、啼かせたのは──。
快楽に体躯を捩らせ、のけ反らさせたのは───俺。
「あっ! や……イク…も……あぁ…ヤマト……あああっ」
そして。
俺が、薄いゴムの被膜の狭間で吐きだしたのは───シュンの、中、なんだ。
「僕、ヨくなかった?」
腕の中、俺の胸にツッと指を這わせたシュンが、ポツリとこぼす。
「なんで? よかったよ。じゃなきゃ、イかないでしょうよ」
「だって、なんか、ずっと怒ってたもん」
「気持良すぎてすぐイきそうだったから耐えてたの」
それは完全な嘘じゃない。
絆以外のオトコとヤれる自信は正直なかったけど、見た目が見た目だし同性故か舌技が半端ないうえ、俺が遊ぶ女の子たちと比べてなんていうか……締まりがいい分、挿入した後のよさは想像以上だった。
けど、怒ってたのも、半分。
ほんとなら、怒るいわれのない怒り。
勝手な俺のグチャグチャを、本人にじゃなくシュンにぶつけてしまったわけだ。
だから、放出した後に襲ってくる虚無感はとんでもないもんがあって、スッキリするどころか、余計俺を凹ませる。
「ふふ。こーんな眉して、よく言う」
シュンの細く、労働とは無縁の綺麗な指が俺の眉間に触れた。
……そういえば、絆の指は、硬いな……。
あの、ギターの絃で何度も豆を潰した指は、今頃コーヒーの奴をなぞってるんだろうか。
「後悔してる? 男としちゃったーって」
「……後悔?」
問われた言葉を、自分の中で反芻する。
してるのかな?
華奢とはいえ、筋とか、骨格とか、もちろん代表的な部分も含め、女の子とは完全に違う体。
絆に恋心を抱いた時から男同士の絡みの動画を見始めて、それでも十分抜けるようになった時点で、嫌悪感なんてないわけだから、実際いわゆる排泄器官に自分を埋め、欲望を吐き出すって行為にもそこまで抵抗はなかった。
なんたってシュンは美人だし、絆に───。
ああ、そう。そこだ。
後悔してるのは、そこらへん。
「……無理に体開かすのが……俺の主義に反するっていうか……」
「どうして? 僕、無理やりヤられたわけじゃないのに」
「……うまくいえないけど…力関係?……嫌でもさ、経済活動上、シュンは断れないわけだもんな」
つまんない嫉妬心から、求められないセックスを初めてしたんだってこと。
そりゃ? 需要と供給っていう意味では合意の上には違いないけど、精神的には大きく異なる。
愛とか恋とか、そんな温い言葉を口にするつもりはないにしろ、それでもコトに及ぶ際は一方的な性衝動の押し付けなんて許されないと思ってるし、快楽を享受するって立場は、平等であるべきだ。
乱暴にならないようには努力したつもりだけど、それでも、やっぱり「金で買った」んだって大義名分みたいなのは俺の中にあって、そんな自分に、嫌気がさしてる。
「それって……僕、怒っていいのかな? 断るどころか、ヤマトとできるとか、超嬉しいんだけど?だから、キスもしたし、後ろも、したんだよ? そこら辺、察してくれないとぉ」
「……うん。そっか」
美貌のシュンにそう言われてしまえば、嬉しくないわけがないって程度には、俺は男だったりして。
「そうだよ」
「ありがとな」
「そう思ってくれるんなら、ぎゅってして?」
シュンは甘えるように俺の首に腕をまわすと、体を添わせて肩口に頬を擦り寄せる。
その感触もやっぱり女の子とは違ってて、抱きしめた体の脂肪との縁遠さを実感するほど、男と裸で抱き合ってるのが不思議に思えた。
ただ、脂肪と筋肉の違いはかなりあるんだろう。肌の表面体温が女の子よりも温かくて、ひと肌を恋しいと思う今の俺には、かなり心地いい。
そして浮かぶのは、やっぱり絆のことで。
シュンの方が背が高いけど体格的にはよく似た二人。
絆と裸で抱き合ったら、こんな感じなのかなぁ、なんて想像してしまうのは致し方なく、そしたら連想ゲームよろしく、絆が抱き合ってるのは別の奴だって浮かぶのも、致し方ない話。
でも、さっきまでシュンが見せていた官能に揺れる痴態を、他の男の手が、唇が、舌が絆から導き出して、それにあいつが縋ってるのが許せないって思うのは。
心が焼き切れる前に止めにしたいと、切に願ってる。
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