過去の重さ

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過去の重さ

「……ふふ。今日はぁ、頑張ってる僕に神様がご褒美くれたんだぁ」  腕の中のシュンが小さく揺れて、笑ってるのが伝わってくる。 「そういえば、薬、止められて良かったな」  俺の言葉に、なんだそんなこと?くらいの軽いノリで、ああ、と頷いた。 「まあ、もともと僕、身体依存のあるやつには手出してなかったんだけどねぇ。それが捕まる前、変な男に拉致られてさぁ。覚せい剤、使われちゃってぇ。それが致死量クラスだったらしくて救急車で運ばれて……まあ、そんときの覚せい剤が適量だったら、今頃僕廃人だったんだろうけど……とにかく酷い目にあった。あんまり苦しくて、気持ち悪くて、それが不幸中の幸いだったっていうか……。もう、薬はコリゴリ」  物凄く壮絶な話を物凄く淡々と語るシュンに、平凡な人生を送る俺が間抜けな相槌をうつことしかできなかったとしても、それはきっと許してもらえると信じたい。 「やっと院から出たと思ったら、薬の出どこっていうヤクザにとっつかまってさぁ。ヘタ打ったぶん体で払えとかいわれてぇ。気持ち悪いオッサンに囲われてイイほどヤられてさぁ。で、18になったとたん店に出されるようになって、ほんと散々だったんだから」  これまた淡々と吐きだされた言葉に、ふとひっかかる。  パクられたのが3年前で……ん? 18になったとたん?  「……え…シュンて…今いくつ?」 「もーすぐ19」 「え? 今…18?」 「そうなるよねー」  はあ!?  ミチヤと同い年!?  はは。あり得ねぇ……。  薬のせいで掴みどこのなかった雰囲気のせいか、冷たい美貌のせいか、当時から高かった背のせいか、まさか年下が女を食いもんにするプッシャーやってるなんて想像もしなかったせいか。  多分、全部、か? 「はは……年上だと思ってた…。え? じゃあ…パクられた時って15?」 「ううん。16」  はは……。  アンダーグラウンドな世界は奥が深い。 「苦労してんなぁ。いつから薬屋してたわけ?」 「んー。15。中3で家出して、拾ってくれた人が売人だったの」   その人は今何してんのかと聞こうとして、やめた。  ロクなことにはなってないだろうから。 「年が若かったらバックの金額もほんと、少なくてさぁ。サクシュっていうの? 大人ってずるいよね。ここの売上も殆どガめられるしさぁ」  面白くなさそうにフンと鼻を鳴らしたシュンが急に上体を起こすと、その冷たい美貌を綻ばした。 「そう! それがねっ! こんど、新しく出来る店に行けるかもしれないのっ! 条件スッゴいいし、オーナーが超イケメンなんだよ!?」 「そっか。行けたらいいな」 「うんっ! 山登とエッチできたし、なんかいい風向き!」  ニッコリと笑うシュンに、前には感じられなかった人間味を感じた。  ただ綺麗なだけのガラス玉みたいな灰色の目に、意志の光みたいなもんが見えるからだろうと思う。  まるで、マネキンが命を宿したみたいだ。 「けど、シュンくらい綺麗なら、プッシャーしてる時から芸能事務所とかのスカウトあったろう?そういう道とか、なかったわけ?」  絆もよく町でスカウトマンに声をかけられてた。  そして同じ美貌でも、シュンの方がショービジネス向きの容姿だと思う。  家出して食いものにされるにも、もうちょっと選択肢はあったんじゃないんだろうか。 「人刺した前科があるって言ったら、断られるよ」 「……え?」 「義理の父親。何年かヤられてて、弟にまで手ぇだそうとしたから、刺したの」  淡々と語られる過去への衝撃に何て応えていいのかわからないのは最早デフォルト。  ただ、身に染みてわかったことがひとつある。  ホれたのハレたのでウジウジしてる自分は、とんでもなく小さくて、つまんない奴ってことだ。
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