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諸刃の言葉
「糸都のクリスマスプレゼント、何がいいと思う?」
講義の間があいてるから一緒に昼飯を食おうって絆からメールが入ったのは教授との関係を知ってから5日目の午前中で、お互いのキャンパスの中間地点にある店で落ちあって一言目の絆の言葉がそれだった。
俺の心のわだかまりは中途半端な形でしこりになって胸を圧迫してるってのに、本人はいたってのんきなもんだ。
これまでなら何かっちゃ理由をつけて家に呼びつけてたくせに。
わざわざ外で時間繰り合わせてランチなんてことはしたことがなかったのに、それをするのは俺を家に呼ぶことでの教授とのニアミスを防ぐためなんだろう。
要は今までのセフレとは違うってことで、絆のテリトリーを侵食していく教授の立場は俺の居場所まで奪ってしまったらしい。
「誕生日プレゼント、何あげたっけ?」
「服」
「じゃ、また服は?」
それでも。
妹のことや家族のことで相談してくるのは相変わらず俺なんだって思ったら、ほんの少し残された優越感が満たされる。
「なんかさ、アツミさんに、着せなきゃってプレッシャー与えてる気がして」
「錯覚だろ」
「いっそおむつとかでいいかな?絶対使うし」
「クリスマスプレゼントに? あほだろ」
「だって、今何プレゼントしたって、どうせ本人は覚えてないだろ」
「そういう問題じゃねえと思うぞ」
そこで、そのささやかな優越感に浸ってたらよかったのに、ついつい深追いしてしまうのは藁にも縋る思いってやつだったんだろう。
絆には俺じゃなきゃダメなんだって、そういうやつだ。
「センセー様に聞いたらどうだ? もう40だろ? だったらそういうのも、よくわかってんじゃねえの?一緒に買い物とかいけば?」
こんなふうに突き放してみれば今まではずっと──主には酔ってだけど、だだ捏ねるみたいに縋ってきてた絆。
山登と行くのが当然なのに、なのになんでそんな態度ととるんだとばかりに拗ねてたのに。
絆は少し間を置いて、肩をすくめる。
「さすがに生徒と仲良くクリスマスプレゼントのお買い物ってのは、体裁が悪いだろ」
「ああ。そういうことね」
なんのことはない。そういうこと、だ。
倍の人生を生きてるオトコは、やっぱり今までのセフレとは違うんだ。
まあ、薄々気づいてたけどね。
ちょっと気づきたくなかっただけだ。
しばらく会わないでいるとベタベタ纏わりついてくるくらいの勢いだったのに。それはそれは嬉しい距離感だったのに。
少しづつだけど減ってる分は、絆が大人になってきたからだと思ってたけど、きっとセンセー様にシフトされてんだろう。
37歳で教授の地位についた出来る男。
かといって決して偉そうなところもなくて、柔和な外見のまま声を荒げることなんてない、穏やかな人柄だそうな。
大人の男は絆の面倒くさいとこも、性に緩いとこも含めて、「恋人」みたいに暖かく包み込んでやれるんだろう。
うーわ……コイビトだって。
ちょ。胸、痛っ。
内臓に剣山押し付けられてるみたいだ。
「けどまあ、学校内でセックスする奴らから体裁なんて言葉を聞けるとはね」
口にした諸刃の言葉は、それでも剣山を跳ねのける為のもの。いかにもセフレですって発言を絆の口から聞きたかったからだ。
「ふん。もう家でしかしないし」
やっぱり諸刃は諸刃。
綺麗に俺の心を抉ってくる。
ほら、な?
俺の居場所が、なくなった。
「……なぁ、おまえら、付き合ってんの?」
声が掠れそうになるのを、間で水を飲むことでかわす。
「なにが?」
「なにって……先を見据えた真剣交際ってやつ。や、まあ、それによって、ある程度俺も考えないと。センセーに勘違いされても、だろ?」
俺は絆からどんな答えを望んでるんだ?
だって……。
「俺が真剣交際の先ってのを信じてないって、知ってるだろ?」
そんな言葉をもらってもなんの安堵も生まれない。
だってその答えじゃ、先は信じてなくても現在はあるってことになるから。
そして何より。
愛だの恋だのを信じないっていってる絆自身が、本当は誰よりも欲しがってるってことだ。
やれるもんなら、どんだけ俺がそれをやりたいか。
でも俺は友達。
それもとっときに大切な、特別な友達。
そんな友達をまかり間違って失うのは絶対に嫌だけど、セフレから始まった相手は最悪失っても仕方ない反面、ドロドロに溺れることのできる「恋人」になれる可能性を、秘めてるんだ。
だから心から信じる恋人なんてもんができたら、俺はすっかり唯の友達になるって寸法。
俺はそれに、耐えられるかな?
「先があるかないか、試してみろよ。おっさん相手なんだから、真剣交際してる間に寿命がくるかもよ」
欠片も思ってない言葉を口に出せるってのは、人間の脳ってのはすごいもんだ。
少しの静寂の中、絆がグラスを置いた音がやけに俺の中に、響いた。
「ほんとに……そう思う?」
はあ?
なんだよ。
真剣交際なんて、鼻で嗤ってくれよ。
「だって男の平均寿命の折り返し地点過ぎてんだしさ」
俺も俺だ。
何拍車かけるようなこと言ってんの?
「俺も彼女つくろっかなぁー。清楚な処女の女の子を俺色に染めるの。良くない?」
「処女なんて面倒だって散々言ってたくせに」
「本気で乗るなら新車だろ」
嘘、嘘、嘘。
全部どうでもいい。
どんだけ他の男の匂いを纏ってても、俺、おまえがいいんだもん。
「……ゲスの極み、みたいなコメントどうも。うちの学部の女子からさ、山登紹介しろってさんざんせっつかれてんだけど、おまえら中古だからダメだって言っておくわな」
「え、そこ、ちょっと。何? 可愛い? スペックスペック」
「新車ではない。はい。終わり」
「いやいや。試乗はありだろ」
「試乗なんてしたら、購買意欲ありってみなされるぞ」
「じゃあリースでってことで」
「はは。さいてー」
お前がそうさせてんだよ、ばかやろう。
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