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可愛い仔犬
「なあ、片付けてたらでてきたんだけどさ」
大学の友達一緒に俺のバイト先に顔を出したカズから、久しぶり、なんて挨拶もそこそこに薄い紙袋を渡される。
「なに? AV?」
「まあそんなもん」
中身は結構前に絆がハマってた海外バンドのライブのDVDだった。
「絆にこれ返しといて」
「は? いやいや。なんでよ。自分で返せよ」
「大学一緒だろ? 頼んだわ」
「キャンパス違うからね」
「どうせしょっちゅう会ってんだろ?」
「そうでもねえし」
しばらくしたら糸都ちゃんのプレゼント買うのに会うのは会うんだけど、教授のせいかしらん、最近益々絆からお呼びがかからないことに苛立ってる俺は、ついそんなふうに応えてしまう。
や。まあ。お呼びがかかってもいきませんけど?
タダのオトモダチが、コイビトドウシの時間邪魔しちゃいけまんせんし?
「まあ、どうせ一年以上借りてたから今更だし、お前が今度会うとき返しといてくれ」
「無責任だな」
なんなら夜遅くに絆のとこ行って邪魔してこいよ。
「借りパクよりはマシってことで」
「……まったく。お──いらっしゃいませ!……いつになるか知らないからなっ」
入店してきたお客さんを案内するのにカズのテーブルから離れようとしたら、奥から現れた迪也が笑顔で俺を制した。
「僕が行きますから」
「ああ。ごめん」
片手を上げて礼を言った俺の後ろで、カズとは違う男の、聞き捨てし辛いセリフが聞こえてきた。
「うーわ。今のコ、超可愛いー。激好みなんだけど」
は?
それはカズの友達のいかにもチャラそうな”兄ちゃん”からの発言で、要は男で、決して男装の麗人というわけではなく。
聞き間違い?
勘違い?
カズに頭を小突かれてるそいつを、思わずガン見してしまう。
「なあなあ、あの男の子、名前なんていうの?」
迪也を女子と見誤ってる目も、今の言葉で消えた。
細く整えた眉を上げて、俺の方へ身を乗り出す小奇麗な顔した茶髪男。
カズはため息をついて自分の前に伸ばされた体を押しのけた。
「彼の名前はバイト君。俺のダチんとこで頼むからややこしいことすんな」
「えーっ!」
「山登、これとこれ持ってきて。あ、ハイボールとビール」
「ね、ちょ、ヤマトくん! あの子に持って来させてねっ!」
「おい、山登、来させるなよ」
「なんでよっ! 俺の恋路の邪魔すんなよっ」
恋路?
は?
頭おかしいだろ、こいつ。
迪也は男で、こいつも男で
や。まあ絆も男だけど…………。
迪也は子供だしっ!
「あ! ねえねえ! 君! そう、そこのっ! 年いくつ?」
客を空席に案内して厨房に向かおうとした迪也を、中腰になって呼びとめるチャラ男。
「え? 18です」
そういうばシュンと同い年だったっけ……。
まあ。ヤッたよ。俺も。18歳と。
いや、しかし、毛色が違い過ぎるしっ!
「わお。ドストライクっ。超うまそうっ!」
「こら、イヅルっ」
うまそうだあぁぁぁっぁ!!?
「迪也っ、ちょっと来いっ!」
戸惑いながらもトレードマークの笑顔を見せる迪也の腕を慌ててひっつかむと厨房に押し込んだ。
「ちょっ! ヤマトさん、痛いですっ!」
広くない通路。
少し下にある大福みたいな頬をマジマジと見つめ、ムニュリと引っ張った。
「ひゃまとひゃんっ?」
うまそうというのがコレのことなら、まあ、わかるけど、あいつが言ってたのはどうもセクシャルな話で、これのどこにそんな要素が……。
「悪い。つい。つか迪也、さっきの、クソチャライ奴のとこは俺か宮下さんが行くから絶対に行くなよ!」
「は?」
間抜けに声を漏らした迪也に、つい声が荒くなる。
「なんでもいいから、ダメなもんはダメ! わかった!?」
「…あ…は、い…」
こんな純真な高校生にあんなワケのわからん世界を教えられるかっ!
「よしよし」
俺は純粋な絆を守れなかった。
だからこそ。
この可愛い可愛い子犬を、あのテの輩から守るのは、もう、俺の使命だろ。
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