救いようのないヘタレ

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救いようのないヘタレ

「迪也、おまえ、あれだ、彼女作れ」 「え?」  雨が降ってるせいか客足は伸びず、カズとイヅルって名前のチャラ男が帰ったあとも、店の中には常時数組が居るだけで、まったりとした時間が流れてる。 「そんだけ可愛いなら直ぐだろう」 「それってありがとうございますっていうとこですか?」  苦笑する迪也。まあ、18の男への誉め言葉としては微妙か。 「いや、だって女子から告白の一つもされたことあんだろ?」 「ありま…すけど」 「ほら」 「お前は商売仲人のオバハンかっ」  いきなり膝裏に膝を入れられてガクンと体が落ちる。 「や。だってさあっ」  片眉を上げて呆れたように笑う店長に、身を起こしつつ勢いよく振り返った。 「変な虫に纏わりつかれたんだよ!?」  そう。  あのショタ野郎。  会計の時、隙をついて迪也に「付き合って」なんて爆弾を投げてきやがった。  カズに息の根を止めとけって言っといたけど、あいつには所詮他人事だろうから「また来るねぇ~」は実行されると思われる。 「だって相手はおと……」 「山登さんっ!?」  腕に取り付き真っ赤な顔して首を横に振る迪也。  おお、そういや”男”に口説かれたことを口止めされてた。  まあ、そうだよ。普通はそう。  一方的に告げられたのだとしても、隠すわな。 「お…しとやかな迪也には絶対あわないビッチっ! ダメダメ。俺は許しませんよっ」 「母ちゃんか」「おしとやかって……」  二人から洩れこぼれる突っ込みは無視だ。 「だから、ちゃんとした彼女が居るってなったらそいつも諦めると思いません!?」 「まあそりゃそうだろうけどな。でも彼女なんてそんな簡単にできるもんだったっけなぁ」  遠い目をする店長。 「ああ。すんません」 「はあ? なんで今謝ったわけ!? 上からか!? 上からなのか!? ちょっと待て。言うてお前なんて彼女いたことないだろうがよ!」  彼女。  ああ。  そう言われてしまうと、まあ、そうね。 「え!? 山登さん、そうなの!?」  目をまん丸に開いて俺を見る迪也に、自らの過去を振り返ってみる。 「まあそうなんだろうなぁ」 「お前に居るのはシモのトモダチだもんな。そこいくと俺は深く深ーく愛し合った彼女いましたからねっ」 「はいはい」 「うわームカつく。もうお前ラストまで休み無しな」 「なにそれ。パワハラ。いよいよ告訴だ。迪也、証言頼むぞ」 「やかましわ。いやでも、ガチの話、迪也がテスト休みとるし、新人育てないといけないし、ラストまで休み1、2回でいい?」 「んー。まあいいかなぁ」 「新人って? バイト入るんですか?」 「俺の代わりに…ああ、言ってなかったっけ?俺、15日の〆日でバイト辞めるんだわ。就活」  正直ここのバイトは居心地がいいし可能な限り続けていきたいとは思ったけど、就活とテストと研究と卒論とでシフトに空ける穴を考えて、なら早い方がいいかと、きっぱり辞めることにした。  女の子と遊ぶにはそれなりに金がかかるからと始めたバイトだったけど、最近の俺の乱れの少ない生活にはそんなに必要がないってこともあるし……まあ、あれだ、絆の部屋に行かなくなったら、車の欲しかった理由も、アイス買ってやることもないから、スマホ代親持ちアンド実家通いの俺は、今貯めてる金潰してなんとかやってける。 「舐めてんだろ? クリスマスと年末の忙しい時に逃げるつもりなんだよ、こいつは」 「いやいや。クリスマスと正月は人足りなかったらヘルプ入るって言ってるっしょ?」 「そんなこと言って、連絡とったら女の子とイチャついてますから無理っすねえとかいうんじゃないのぉ? ほらぁ。迪也なんかもうこき使われるのわかってるから顔面蒼白だよ」  言われて迪也に目を向ければ、まあ、別に顔面蒼白ってわけじゃないものの、確かに顔がこわばってる。 「悪いな迪也。新しいバイトの奴が明後日からくるから、お前がテスト休みの間にちゃんと仕込んどくからな」 「えっ……あ…」   縋るような目を向けられたら、ほんと餌のひとつもあげたくなるわ。 「迪也と一緒に働けんのも後ちょっとだよなぁ。うん。それまでにはちゃんと例の件も何とか片づけるから、任せとけ」  それなんだよ。  あのショタ野郎をどうにかするのが目下の案件だ。  カズのツレってことは、俺が居なきゃカズは店に来てないイコール迪也は見染められてないってことで、俺のせいって要素もないわけじゃないからなっ。  ───なんて。  なんとなくだけど張りあいを感じてる俺がいるのは、迪也が置かれた状況を思うと申し訳ないけど、絆の世話をできないっていうフラストレーションを迪也で解消させようとしてるからだ。 「週一とかでも、バイト続けられませんか!?」  うう。  おやつを寄こせと肉球を押し付けてこられてるみたいな感覚。  やっぱ可愛いなぁ。犬でも飼うかな?  今までそんな話が家で出たことなかったけど、案外母さんOKしそうだよな。  子供が成長して寂しがってる母親と、オトモダチが大人になって寂しい俺には、癒しが必要なんだ。 「言ってやれ言ってやれ。つか、就活なんかしなくても、うちに入りゃいいんだよ。うちはいいぞぉ。給料安い。休みない。人使い荒い。3拍子揃ってるからな」 「オーナーに言っておくわ。次の新卒募集の自社アピールに、店長のそのキャッチコピーを是非つかってくれって」 「性格いいよね、おまえ。ほんとうちに向い……お客だ。───いらっしゃいませっ!」  180度変わる店長の姿。  仕事はできる人なんだよなぁ。  まだ28だけど、俺がバイトを始めた高校の頃からもう店長だったし。  一応姉ちゃんとの合コンセッティングしてやろうか。  つか、カズって今、樋口とどうなってんだ?  ああ。カズと樋口といえば、最近連絡とってないけどトマ元気にしてのかなぁ。それこそ例のヴォーカルとどうなったんだろう?  そんなことを思って、『商売仲人のオバハン』って店長の言葉が頭をよぎる。  はは。  自分がそんなに人に奉仕したいタイプの人間だとは思わなかった。  それは、いかに今までが絆一色だったかってことで、絆以外に意識が向かなかったかってことだ。  これからはちゃんと広い視野でものごとと向き合うぞっ!!  恋だの愛だのって感情に振り回されることなく、絆離れしないと。  絆のオトコのこと考えていちいち胸を痛めてたら、この先長生きできそうにないからな。  今日は決意の日だ!!  絆なんかに振り回されないぞっ!!  男の子は一度決めたことはちゃんと守るんだからなっ!!  なのに───。 「もしもし山登?明後日何時にする?」  一時間後にはそんな電話一本で、救いようがないヘタれだと思い知ることになるんだけど。
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