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嫉妬の種類
「とまあ、そういうわけでだなぁ。ありえないだろ?俺は久々に見たね。キョウ並みの変人。そりゃ迪也は可愛いけどさ、あれはないだろ。いきなりだぞ?」
「ふーん…」
気のない、それどころか少しイラついたような声に舌打ちがまざる。
「あ、くそっ! 何割りこんできてんだよっ!!」
両手でがっちりハンドルを掴み、前を見据える絆の眉間には深い深い皺が寄せられていた。
「……運転、変わろうか?」
「うるさいな。運転は数をこなした方が慣れるっていったの山登だろ?」
「まあ、そりゃそうだけど……なにも今じゃなくても御一人のときにでも……」
「ふんっ。死なばもろともだっ」
その言葉に、まったく意味なんてないんだろうことはわかってる。
わかってるけど嬉しいと思えてしまう俺は、なんていうか、バカだよなぁと、わが身の一途さをかみしめた。
「でな。もう、使命だな、と思ってさ。あんな純真無垢な純白の子犬みたいな迪也をだなぁ。あんなクソチャラい、下種の極みみたいな奴が汚すようなことのないよう、守ってやらないといかんっていう俺の騎士道精神がね……」
「だから、うるさい。騎士道精神がどうのってほざくなら、運転の邪魔すんなっ」
どんだけだ。
まあ、滅多に運転しないのは知ってるけど、免許持ってるわけだから……。
しかしまあ、迪也が犬なら絆は鋭い爪を持つ猫だ。
今は餌食ってるとこに手出されて毛を逆立てて怒ってるとこ、みたいな。
「はいはい。寂しく一人歌でも歌ってますよぉーだ」
ひっかかれちゃかなわないからな。
車の中に控えめに流れるBGMは、絆の最近のお気に入りの海外バンドのものだ。
ギターメインの楽曲で、まあ、俺はあまり興味がないので、まったく別───懐かしき、俺たちのバンドの曲を口ずさむ。
本気で熱唱するとまた怒られそうなので、そこはまあBGMと同様控えめに。
そしたら、ハンドルを握った絆の指がリズムをとり始めた。
「……なつ…」
零れた声は当然季節を表すものではなく、懐かしいってことだろう。
だって俺も懐かしいもん。
サビの部分では絆が当時やってたとおりのハモりをいれてきたから、なんとなく浮かれた気持になって、それプラス若かりし頃の曲って気恥かしさとかもあって、歌声に少しの笑いが入る。
甘酸っぱいって、こういう空気をいうんだろうっていう、クサい感情。
それは絆とも共有してるみたいで、形のいい横顔を見れば頬が緩んでた。
こういう時間は、本当に特別で。
きっと誰にも、邪魔されない。
それは間違いなく俺たちの時間で、逆立ちしたって、金を積まれたって、譲ることのできないものだ。
これから先、絆が教授だか他の奴だかと愛を育む深い関係になっていったとしても、ここには入れない。
俺たちの、場所なんだから。
「つか、山登、一番と二番の歌詞が混ざってるし」
「いーの。それでやってきてたんだから。デフォルトデフォルト」
「あはは。山登、まともに歌詞覚えてるやつとかあんの?」
「全部覚えてるとも。俺流で」
「覚えてないって言えよ。そもそも覚える気、なかったよな。普通あんだけ演ったら勝手に覚えるもんだろうに、逆になんであんな見事に間違えるんだってくらい酷かったし。しょっちゅう見に来てくれてた子らに、結局ホントの歌詞はどれですか? って聞かれたもん」
「楽しいだろ? 間違い探し」
「うん。今日はどこで出るかってのが気になって、間違えた瞬間、俺テンションあがってたわ」
何度も同じような過去の話をして、それでもその度に新しい気持ちで話せる不思議。
うちと絆の親父同士がよく昔話をしてるのを、子供のときは「また同じ話してるぅ」なんて呆れてみてたけど、今じゃその感覚がよくわかる。
なんだかんだで俺も大人になったんだよな。
過去を振り返って、照れくさくなるくらいに。
「なんかの日に樋口が正しい歌詞書いた紙、会場に配ってさ」
「……あー、あったな、そんなこと…」
案の定間違えて、会場のあっちこっちで笑われたっけ。
「そしたら山登、ステージから降りてさ。『とらわれるなっ! 心で感じてこうぜっ!!』とか言って、最前列にいた子の紙破いたろ?そしたらみんな真似して破ってさ」
「……なつ……、はず……」
懐かしくも、恥ずかしい、そんな記憶。
若かったわぁ。
「山登のかけ声でみんながそれ上に投げてさ。……はは。スゲーっ!! って、うん……そう、思った」
同じ話をしても、その都度現れる新情報。
「アホ過ぎるってバカにしてたのに、なんだよ、カッコいい! とか思ってたんじゃないか」
一瞬浮かんだ表情を見逃さなかった俺は、よくやったと思う。
俺に見透かされて返す言葉に詰まったその一瞬、恥ずかしそうな、痛そうな、泣きそうな、悔しそうな、複雑な感情の混ざった表情は、俺の言葉への裏打ちそのものだったから。
「違うだろ、それとは。カッコイイとかじゃなくて……紙が、綺麗だったんだよ。舞った時」
だからそんなふうに否定の言葉を口にされても、嬉しくなるだけなんだわ。
「な? いい演出だったろ? あん時おまえら文句ばっかだったけどさ」
「そりゃ、掃除させられたからな」
「まあしょうがないわ。紙ちらかしたから」
「いや、散らかしたの山登だからな。ドリンクが零れた床にひっついた紙の掃除のしにくさったら、マジなかったし」
「そもそも樋口が歌詞なんて配るからいけないんだ」
「ああ、そういや、樋口と連絡とってる?」
「最近全然。あいついつも忙しそうだからさぁ。今時期って、年末調整とか、確定申告とかだろ?ヘタに連絡しても悪いかなぁとか思って。そう思ってたらズルズルこっちが忙しくなってっていうのが去年からの流れ。まあ、俺も今月の中でバイト辞めるし。時間つくってまた皆で会おう」
「そーいや、バイトいつまで?」
「15日。それまでに一回食いに来いよ。店長が懐かしがってたぞ」
そこでつい教授の姿を浮かべてしまって、せっかくのホワホワしてた気分がちょっとそがれた。
一緒に来られたら、俺、お給仕とかできそうにないんだけど。
「あー、行こうかな。山登のおごりだろ?」
「はい? いやいや。潤沢な仕送りをもらって、且つ車まで買ってもらったおぼっちゃまに? 貧民の俺が? まさかまさか」
「ケチくさいな」
「バイト辞めるから益々貧乏になるのよ。教授とかの高収入の人とは違うんです」
つい、ポロリとイヤミのような言葉が出た。
だって、考えてたから。
どうせ俺は、オトモダチ、だし、比べたって、情けなくなるだけなのに。
「なに、それ。別に……あの人とは、飯とかいかねーし……」
飯には行かず、ナニをイタされて、イかされてる、と?
うーわ。自分で想像して、なんかもうっ! なんかもうっっ、だ。
とにかく話をそらそう。
そう。己の体と心の為に。
「ああ……DVD……そう、DVD預かってんだよ。カズから。おまえ一年くらい前に貸してやったろ?」
「ああー! そうだっ! なんかないと思ったら、あいつかよ」
「こないだ店来たのも、それ返すのがあったみたいでさ。つかバイト中に渡されたから、事務所に置いたままだ。店来るなら、そん時渡すわ」
今日は糸都のクリスマスプレゼントを渡す為に会ったけど、次はまたいつになるかわからないからな。
───冬休み。
毎年なんだかんだでクリスマスも正月も夜は絆といたけど。
聞けない。
今年の予定が、どうしても、聞けないんだ。
教授と過ごすって言われるのが怖くて。
「つか、カズも直接おまえにコンタクトとって返せって話なんだよ。言ったろ? そん時ついてきた野郎が、迪也にちょっかいかけたんだって」
「………」
「男同士なんて想像もしたことないような、天使みたいな迪也にだぞ!?」
「………」
「ぜったい、ダメだろっ」
清澄と絆の過去を思い返せば、やはり自ずとあがるボルテージ。
あいつが俺の天使だった絆を、女どころか男までたらし込むようにしやがったんだから。
そもそも俺の童貞喪失だって、その後の女遍歴だって、あいつに起因するとこがデカいって笑えない話。
「思わねえ?」
「別に」
あっさり、ばっさり返された言葉。
俺のボルテージが上がるのとは逆に絆のはダダ下がりだ。
「別にっておまえ、穢れを知らない可愛い子犬が、よだれ垂らしたオオカミに狙われてるんだぞ?」
「もう18だろ? 山登がしゃしゃり出なくたって、自分でなんとかできるだろ」
「しゃしゃりは出てないけどさぁ。おまえ、迪也見たことあんだろ? おまえや俺の18の時とは違うんだよ。どうしたって……」
「うるさい。道混んできたから、黙ってろよ」
さっきまで思い出話に花を咲かせてたのが嘘みたいな態度。
横顔を見れば、唇がツンとあがってる。
あれ?
まさか?
「ねえねえ絆さん。それってアレですか?粳米捏ねて焼いたもの、的な?」
「うざい」
ばっさりと切り捨てられたけど。
顔がニヤけるのって、どうしようもないんだけど。
これもね。わかってる。たまにあるからさ。
『僕のモノだからとっちゃダメ』的なのは。
絆の抱く嫉妬が、俺のものとは違う種類のもんってことは重々承知してるんだけど───。
絆から顔を反らし、窓に向けて声を殺して笑う俺。
「うざいからっ」
重ねて与えられるのは、どうしたって負の言葉なのに。
それが嬉しいなんてのは。
脳っていうのは、不思議なもんだ。
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