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一生の不覚
「みっちゅーいるぅ!?」
午後のオープンの時間がきて店の内鍵をあけたとたん、開かれたドアの向こうにクソチャラい影が見えた。
───気がしただけだ。うん。気のせい気のせい。
俺は、何もなかったようにドアを閉める。
「あれ? 今誰か…」
パートの宮下さんが怪訝な表情を浮かべたのに俺は首を横にふった。
「風かな? 強かったすね」
が、ささやかな拒絶は簡単に覆され、空気を読むことを知らない力で再びドアが押し開けられた。
「はあ? ちょいちょいヤマトくん? 俺客よぉ!?」
金に近い茶髪と綺麗に刈り込んだへの字眉と何連ものピアス。 また来やがったショタ野郎に本日初めての溜息が出た。
「あ、宮下さん、こっちはいいですよ。中、手伝ってもらってたら」
「ああ、はい」
とりあえず会話を聞かれないように宮下さんを奥にやってから、イヅルに向き直った。
「……なあ。うちは指名とるような店じゃないんだよ。それに今日迪也は来ないよ。いや、しばらく…テスト前だから来ない。そうだな、二年程はこないからお前もくるな」
「えー、まさかヤマトくん、ひょっとしてミッチューのこと狙ってるぅ?」
両手を前に出し、俺を斜めに見ながらその両方の人差し指を向けてくる仕草が鼻につく。
きっと、娘の彼氏がロクでもない男っていう世の親父さんと俺は、かなり意気投合できると思うわ。
「何でそうなるんだよっ」
「や。男同士ってのに理解ありそうだし? ひょっとしてコッチガワの人かなぁ、ってね」
「どっちがどうなのかは知らないけど」
「またまたぁ」
「なあ、客なら客として扱うけど、どうなんだ?」
「……うーん。みっちゅーいないなら帰ろうかなぁ。今テストってことは期末かぁ。で? みっちゅーの高校ってどこ?」
にっこりと、鮮やかにほほ笑みを向けてくるイヅル。婀娜っぽい色気のある男ではあるから、男女どちらだって相手には困らないだろうに。
「俺が教えるとでも思うわけ?……つかさ、遊び半分に迪也に近づくの、マジで止めてくれない?」
「じゃあ、大丈夫だねぇ。俺、マジだからぁ」
なんなんだ、こいつはっ。
一々間延びする話し方にも、その言葉の内容にも、存分に苛立たされる。
「そこがもう信用できないんだよ。迪也のこと、なんも知らないのにさ。簡単すぎんだよ。マジとか、なに? 男に興味ない子供を堕とすってのにマジってことか?」
イヅルは肩をすくめると、片方の眉を上げ、俺より背が低いにも関わらず俺を見下ろしてくる。
「男に興味持てるかどうかなんて、とりあえず付き合ってみないとわかんないでしょうよ。それにさ、一目惚れの何がいけないの? 運命ってあると思わないわけ? 俺はあの子見て運命だって思ったし、それなら他にかっさらわれる前に、自分のもんにしなきゃ、でしょ?」
「押し付けにも程があんだろうよ。おまえの感情だけで迪也混乱させて、振り回すつもりか」
愛はあったのか。
清澄の行為に。
あったとして、どのみち振り回された絆がどれだけ傷ついたのか。
「ねぇ、じゃあ聞くけどさぁ、知りあって、どんだけ時間おいたら告白していいわけ? 一か月? 半年? 一年? 3年?」
「それは……ケースバイケースだろ。お互いの…気持が、イイ感じになって、とか」
自信を持って言い切れないのは、俺にはそんな過去がないからだ。
9年想って。
思い続けて。
捨てられない恋に、まだ惨めにあがいてる。
「のんのん、ヤマトくん。男同士でそんなんやってたって、いいお友達で終わっちゃうのよ? そんでこっちがイケるかも、ってタイミング見計らって告白しようもんなら、裏切られたみたいなこと言われちゃうんだからさ。お互い傷つく上に、時間の無ぅー駄! 最初から直球でいって、恋愛対象として意識してもらわなきゃあ」
針で、胸を突かれたみたいだった。
俺の9年が、無駄だと。
言い捨てられたようで。
「うん。よし。仕事のお邪魔してもなんだしぃー。俺、帰るわっ。また来るねぇ! みっちゅーにヨロ!!」
一昨日来やがれと、即座に返せなかったのは。
一生の不覚だ。
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