離れるという選択肢

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離れるという選択肢

 一目惚れの何がいけないのかというイヅルの言葉で、モチベーションはダダ下がりだ。  なんのこたあない。俺だって一目惚れだった。九年か1日かの違い。  言い返せなかった。  9年かけて叶わない俺の想いより、1日のイヅルの方にこそ、まだ可能性を見いだせるってことに、やるせなく、息苦しくなる。  ───運命はあると思わないわけ?  ああ。あるな。  好きな相手と結ばれない。  きっと、それ。  無駄な9年。  でも、捨てられなかったんだからしょうがない。  これからだって。 「はあぁ」 「おい、溜息王! 暗いぞっ」  肩を揺らされ、現実に引き戻された。  今日は学部の仲いい奴らでの飲み会で、今は宴も真っ只中。 「金の相談以外なら聞くぞ」  値段が勝負って居酒屋の瓶ビールを俺のグラスに注ぐ小森。礼代わりに軽く持ち上げていっきに飲み干すと、反動で大きく息をつくのがまた溜息に変わる。 「やぁ、なんかもう煮詰まってさぁ」 「何に」  話に加わった酒井に問われ、浮かぶのは9年の無駄って言葉 「……人生に?」 「おお。でけーな。けど、まだ早くね? これから履歴書送りとか面接とかで、もっとダメージくらうのに」 「ああ、聞きたくねーっ」  耳を塞ぐ小森。  まあ、それもあるのかも。  就職っていう見えない不安。  それは適当と評される俺にだって当然あって、その重みが絆絡みのダメージに拍車をかけてるんだろう。 「なんか新しいことでも初めてみよっかなぁ」  思えば俺には趣味らしき趣味がないんだ。  そして結局、サークルにも入らなかった。  何か打ち込めるものを見つけられたら、この悶々とした思いも少しは違ってくるかな? 「お、現実逃避か山登」  まあ小森の言うとおり、今始めることでもないんだろうけど…。 「いや、そうでもなくね? なんか厭だなぁって思いながらダラダラ惰性で流されるなら、いっそ流れの方向ねじ曲げりゃあいいんだよ。案外リフレッシュされるかもよ? 下向いてるときは、何やってもダメだしなぁ」  惰性。  俺の絆への想いは、案外そんなもんなのかな?  ……こんなに、苦しいのに? 「砥部先輩、覚えてるだろ?」 「ああ、懐かしいな。生きてんの?」  いい人だったけど、世の不幸をしょってますって書いてあるような、顔色の悪い痩せた人で、一緒にいたら気詰まりするっていうか、まあ、正直苦手だった。 「あの人、地方の製薬会社に就職したんだけどさ、こないだ会ったら別人みたいに日焼けして、体重とか二割り増しくらいになっててさ。婚約したとかって超幸せそうなの」 「不幸をしょってますって書いてあるような人だったのに」  小森ともやっぱり同じ意見だった。  そんな人だったのに。 「そう。それがさ、結構な田舎だから自然しかなくて、先輩らに連れられて釣り行ったりとか、田舎の遊び? なんかそんなんでさ、飯はうまいは呑気だわで楽しんでたら彼女もできたって。笑う門にはなんとやらだなぁ、なんて言ってたわ。山登、お前も先輩のとこの説明会行ってみたら? 女遊びもクラブ遊びも断ってみたら、清く正しいニュー山登ちゃんになって、色々ふっきれるんじゃねえの?」  ───絆と離れる。  ああ。  今まで、いかに距離を詰めるかってことしか考えてなかった。  そんな選択肢もあるのか。  ───離れる。  そろそろそれくらいの強制力のある方法を、探さないといけない時なのかもしれない。  傍にいて、と。  請われたけど。  俺だって。  人間なんだ。
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