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考えなしの暴投
「どうも今日までありがとうございましたっ」
11時になりバイトの終了。
まあまた正月に短期で入るんだけど、一応ケジメはケジメとして従業員用の出入り口に立って頭を下げた。
「おう。ご苦労さんっ! また慰労会の日決まったら連絡するからな」
本社からヘルプできてた佐多さんが笑顔で手をあげてくれるのに、もう一回頭を下げる。
個人個人にはもう挨拶をしてあるから問題はないんだけど、今日は店が忙しくて見送りが佐多さんしかいないのがちょっと寂しいってとこは否めないなぁ。
「高級割烹で是非」
「あほか」
「じゃあ、お疲れ様でしたー」
冬の夜の冷えた外気に触れ、店の中との温度差に思わず体が縮こまった。
「ふぅぅ」
なんだかんだでもう4年続けたバイトだったから、そのラストってのはやっぱり感慨深いものがある。
ポカンと開いた隙間?
その隙間に吹き込むような寒さは、ある種の喪失感みたいなものを一層強くさせた。
なんとも。
心の調子がよろしくないからね。
下がる時は、気分てのはどこまでも下がるもんだ。
「……まとさんっ」
「うおっ」
完全に気を抜いていた俺。
誰も居ないと思っていた路地の角から声がして、心臓と体がお互いちょっとずつ飛び上がった。
「あ、ご、ごめんなさいっ」
「迪也?」
白くふわっとした影は、おずおずと俯きがちに俺の前に進み出る。
「まだ帰ってなかったのか?」
迪也は10時までのシフトになってて、まあ、10時半近くまでは店に居たけど、補導されるから早く帰れといって追い出されるような形で帰ったはず。
「…あ…あの、僕……あの…」
服の裾を破れんばかりにもみあげる迪也。
「ん?」
トイレでも我慢してるのか?
居心地の悪そうな、落ち着かない様子に近づいてみれば、体が小さく震えてる。
「あのっ!!」
デカい黒目で見上げてくるのに、その頬と鼻の頭が赤く色づいてるのが見てとれた。
「ずっと外で居たのか? イチゴ大福みたいになってるじゃないか」
12月中旬にしては暖かいのかもしれないけど、30分外で立ってるのに向いていない温度であることは間違いない。
近寄って、その色とは反する冷たい頬を両手で包んでやると、迪也が眉と唇を泣きそうに歪めた。
「山登さん……僕……」
寒さからではなさそうな震えを声に感じたのは、その表情のせいだろうか。
何か訴えたいことのありそうな様子に先を促そうとした、その時───。
「みっちゅーーーっ!!」
ああ!?
耳に飛び込む、不快な声。
「はっ!! まさかこのショタ野郎に何かされたんじゃないだろうな!?」
視線を送るまでもないわっ。
「……ひたいれしゅ……ひゃまとひゃん…」
「おお、悪い悪い」
ついイチゴ大福を包む手に力が入ってしまった。
「ちょいちょい、聞き捨てならないなぁ。今日ヤマトくんのバイト最後の日って聞いたからさぁ。今後のご挨拶にと思ってバイト帰りによってみたのよ。そしたらまあ、みっちゅーーー!! やあ、もうっ!! でーすたにーーーーー!!」
「こら、近寄るなっ」
あわや迪也に抱きつきそうな勢いのイヅルから迪也を背中の後ろに隠す。
「迪也には彼女がいるの。だから、お前の付け入る隙はないの。わかった?」
いっそ、ここで会ったが100年目ってやつだ。
俺の目が届くこのタイミングで、すっかり諦めさせないと。
「またまたぁ」
今日もまた一段とチャラいイヅルは手を後ろに組むと、不敵な笑みを浮かべて俺の後ろを覗き込もうとする。
「みっちゅー、彼女の話とかぁ、嘘でしょ?」
「……え…あ…嘘じゃ…」
「じゃあ彼女の名前はぁ? 血液型はぁ? 誕生日はぁ? 馴れ初めはぁ?」
からかうようなその声に、完全に嘘だと思われてることが伝わってはくるが、ここで折れるわけにはいかない。
「いちいちお前に教えなきゃいけない謂れはないんだよ。とにかく諦めろ」
「もうー、ヤマトくん邪魔なんだけどぉ。俺はみっちゅーに聞いてるのよ。ねえ、どうなの?みっちゅー」
「あの…」
「しつこい男は嫌われるぞ」
しつこい男の俺が言うのもなんだけど。
───いっそ。
いっそ嫌ってくれてたら……。
そう思っても、やっぱり絆に嫌われるのは耐えられないんだろうなぁ。
ああ、くそ。
また絆のこと考えてしまったじゃないか。
「彼女のこと聞いてるだけなのにぃ?そんくらい問題なくない?」
そして、なんでこいつはこんなに退かないんだっ。
くそぉ……イライラするなぁ。
「おまえみたいな胡散臭い奴に教えられないんだよ。なあ。迪也」
「…うん…」
「えーー、そんなんで納得できるわけないし。ねえ、俺、絶対運命だと思うんだよ。ほんと、マジで大事にするから俺と付き合ってみてっ!」
……くっ……こいつはっ!!
ド直球過ぎんだよっ!!
何が運命だ。
そんな気恥かしい言葉、簡単に口に出すもんじゃねえんだよっ!!
「だから、諦めろって言ってんだろ!?」
俺には投げられなかった球を簡単に投げるイヅルに、いっそ嫉妬にも近い苛立ちがこみあげる。
ああああぁぁぁ。
こんなにイライラすんのは、中学生の時以来かもしんないわ。
「ねえ、俺、みっちゅーに聞いてるんだけど? 山登くん、関係ないんだからさ。引っこんでてよ」
だから。
イヅルに体を押しのけられかけたとき。
いろいろはじけたんだよ。
中学の時と同じ。
考えなしの言葉を口にしたりするから、親父に部屋のカギ壊されたりしたわけ。
あの時で、学んだつもりだったんだけどね。
人の本質はそうそう変わらない。
「関係あるの。迪也は、俺と付き合ってんだよ。わかった!? だから、二度と、俺のもんにちょっかいかけてくんなっ」
ほら。
な?
ろくでもない。
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